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第71話 鼻血ティッシュもスタイリッシュに
高校最後の文化祭、うちのクラスは本格スイーツカフェを開くこととなった。名前は色々挙がったらしいけれど、なんだかんだで一番、なんか、ちょっとアレな感じの「カフェ・C」になったんだそうだ。夜、島さんからラインで連絡が全員に送られていた。
途中、フランス語とか、イタリア語、あと、スペインもあったっけ、世界各国の言語でカッコよさそうな店の名前を探しに探して、探し回りすぎて、ぐるっとひと回転しちゃったらしく、着地したところが「カフェ・C」だったんだって。着地点間違えてそうだけれど、頭から煙が出そうなくらいいっぱい考えたテンションでなら、そのネーミングいいんじゃない! みたいなノリにもなるかもしれない。
だって、島さんからその連絡が入ったのって、夜の九時すぎだよ。それまで、ファミレスで考えてたんだとしたら、そりゃテンションもおかしくなる。ドリンクバーだけでそこまでねばったんだとしたら、もう島さんはアイドルじゃなくて、勇者かもしれない。
夜の九時すぎってさ……俺らはもう家帰ってご飯食べ終わってたし。
「んー……」
半分覚醒しながら、まだ眠たくて、枕元にあったスマホを見ないで探し出し、ホームボタンを押した。そして、またベッドの中に潜り込む。
カフェ・Cで、俺は厨房のメインスタッフを任される。青とふたりで。そのことに今からすでに緊張したのか、寝付くのに少し手間取ったんだ。
できるかな。俺にそんな大役。
作れるかな。和洋折衷のオリジナルスイーツ。俺も何か考えなくちゃ、だよな。
そう思って、ドキドキしながら布団に入ったから、なんか、寝たりない。
「起きて、みつ……」
……青の声がする。
「みつ」
「んー……まだ……」
「ダメだよ。みつ」
「やだ……」
なんか、すごくリアルな青の声だ。本物っぽい。
「もっと……て、たい」
眠い。もっと寝てたい。って、夢の中の青に言うのもおかしいんだけど。
「みつ」
本当にリアルに再現するなぁ。俺の聴覚メモリ。こんなに正確に青の声を再生できちゃうなんて。
「や……もっと、ぉ」
「みつ、ねぇ」
青の少し可愛い言い方。本物みたいな声。本……物……?
「俺、鼻血出ちゃう」
「っ!」
「ふごっ!」
「イダッ!」
飛び上がった瞬間、頭のてっぺんにものすごい衝撃と痛みを食らって、鈍い声を上げながら起き上がったはずのベッドにもう一度沈み込んだ。
「いっ…………ったぁ……」
頭、割れたかもしれない。っていうくらいの頭突き。
「へ? あ、ぉ?」
「おばよ……みづ……あの、ばなぢ……」
「へ? え? ちょ! うわあああああああ!」
俺の頭が激突した先には青の鼻があって、強打された鼻からは本当に、リアルな鼻血が流れ出ていた。
「だ、大丈夫?」
「うん、もぉ、止まった、かな?」
カッコイイ青の顔、スッとした鼻筋、と、それを台無しにするティッシュの鼻栓。
「ほ、本当にごめん。曲がってないと、いいんだけど」
何度目だっけ。青に頭げんこつを食らわすのって。あはははって笑ってくれる優しい青の鼻が一ミリでも曲がってないかを確認しようとじっと見つめた。
びっくりした。
夢の中で青の声がしたと思ったら、それは本物で、俺の寝顔をじっと観察していた現実の青がアラームの代わりに俺を起こしてくれた声だったなんて。しかも――。
「本当に、うちで修行するの?」
「うん。これからしばらく、ね」
ね、なんて笑顔で首かしげながら、鼻ティッシュ詰めながら、言われてもさ。
「大変だよ? きっと」
「うん」
もっと笑顔で今度は大きく首を縦に振って頷いてる。
毎朝、四時にうちに来て和菓子の修行をするんだって。うちの親よりも早起きして、厨房の片付けから始めるんだと意気込んでるけどさ。毎日そんな時間に起きて、和菓子作るの手伝って、学校で勉強して、帰ってから受験勉強とかだってあるのに。
「作りたいんだ」
「なら、俺も」
青がうちの宇野屋で修行をするって言い出した。和菓子の作り方をちゃんと覚えたい。そしたら、きっと文化祭の和洋菓子のコラボスイーツもすごいものを思いつけるかもしれないって。
「ううん。これは、俺がやりたいんだ。みつは、もう家の手伝いとして、してたことだから」
「……」
「大丈夫だよ。四時に始めるためには九時に寝ちゃえばいいんだし」
「……でも」
「それに」
たまに、少しうらやましくなる。青の真っ直ぐに進んでいく道筋に。俺はどこか躊躇ってしまったりするけれど、青は一歩ずつが楽しげで力強くて、そして真っ直ぐなんだ。俺にはない歩き方ができてしまう青のことが、時々羨ましいよ。
「それに、俺、寝ぼすけみつを起こすアラームっていう大役ももらえたし」
「え?」
「みつの寝顔、さいっこうに可愛かった! 鼻血出るレベルだった!」
「! な、ななななな、何言って」
青が笑った拍子に鼻ティッシュがとってもコミカルでシニカルでさ。楽しいんだ。青といると。
だからベッドから飛び降りて、部屋からも飛び出して、下の階で今は朝食の準備をしているうちのお母さんに大きな声で話しかける。
「お母さん! 俺も! 手伝うから!」
「えー? あんた、起きられるの?」
「起きる!」
「えっ、ちょ、みつはいいってば!」
起きるよ。青が真っ直ぐ進む隣に立っていたいんだ。今までその隣を遠くから眺めてるばかりだったけれど、今はそうじゃないから。
「一緒に厨房任されるんなら、俺も一緒に勉強しないと、だろ?」
すごくカッコいい青のすごく残念そうな顔と鼻ティッシュが楽しい。青といて、楽しくないことがひとつもない。それってとてもすごいことで特別なことだと思うんだよ。
そうして始まった四時起床生活。眠いけど、ものすごく眠くて、日中の睡魔との戦いは激しくも厳しいものになるんだけど。
「気持ち良さそうな寝顔よねぇ……あ、同時に笑った」
島さんのそんな声が聞こえたような、夢の中で言われたような気がした。
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