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第72話 うちの嫁は可愛いです。

「鍋がまだ汚い」 「あ、はい」 「あ、は要らない」 「はいっ!」 「シンクの中も水滴の跡が残ってる」 「はいっ!」 「それと」 「おばあちゃん!」  何してんだよ。窓枠のとこを、指でなぞって埃がないかチェックしたりなんてして、嫁いびりみたいになってるじゃん。  青が宇野屋に修行としてやってきて一週間がすぎた。つまり俺も一週間、定休日である水曜以外は毎日四時には下に下りてきて手伝っている。  お父さんたちがやってくる前に掃除を済ませて、下ごしらえ。 「なんだい、充」 「なんだい、じゃないよ。何、その意地悪キャラ。窓枠んとこ掃除したの俺だよ」  埃なんてないよ。だから指でなぞっても意味はないし、シンクの水滴跡なんて今まであっても気にもしてなかったでしょ。鍋だってピカピカで俺が磨くよりも全然綺麗だし。お父さんたちが厨房を片付けた時よりももっとずっと綺麗に青がしてくれてる。 「おばあちゃんは引退したんだから。お父さんたちは青の修行のこと何も言ってない。変に突っかからないでほしい」  実際、四時に厨房を青が綺麗にしてくれてることに感謝こそすれど、文句なんて誰も一言だって言ってない。おばあちゃんだけがそんなことを言ってる。四時起きだよ? 男子高校生、しかも受験真っ只中に毎日四時起きだよ? 「おばあちゃんだって、そんなに早くは起きないくせに」 「んなっ!」  言い返せるわけがない。だって、おばあちゃんのはただの「いびり」だ。代々続いている「宇野屋」の斜め前にある洋菓子屋が気に食わないだけ。 「青は頑張ってる! おばあちゃんはあっちで各地の天気予報でも眺めてて! 洋菓子が好きじゃないのは仕方がないけど! 青は! ここに洋菓子作りに来てるんじゃなくて! 和菓子を! 作りに! 来てるんだから!」 「んなああ!」 「へぇ、それでお姑さんとバトルしたの?」  文化祭の準備で賑やかな放課後、島さんが甘いミルクティーを飲みながら、目を丸くした。 「うん。した。みつがね」 「おおおお! 嫁を守る旦那さまだね」 「うん」  そして、青が頬を赤くしながら、コクンと慎ましい妻っぽく頷いて、スティックタイプのスナック菓子をリスみたいにポリポリ食べてる。 「そっかぁ。宇野君、心意気がイケメンだねぇ」 「島さん、違う。みつは心意気もイケメンなの」 「あ、そうだった。ごめんごめん」  にこっと笑った顔はアイドルみたいなのに、心意気が男前なところのある島さんが今度はスナック菓子を男前に三本も、違った、五本もいっぺんに口に放り込んだ。 「でも、別にいびられてるって思ってないんだ」 「マゾだな、深見」 「あははは。かなぁ。島さんもそう思う?」  呑気に笑った青が今度は缶のおしるこをぐびっと煽った。缶のおしるこなんて、うちの学校の自販に売ってたっけ? おしるこにスナック菓子って組み合わせ、美味しい? 餡子に塩を入れると甘さが引き立つみたいな感じ? でも、そのスナック菓子がバーベキュー味だとまた話は変わってくる気がするけど。 「まぁ、嫁いだ先でいびられても、旦那様が守ってくれるんなら、よかったんじゃん?」 「うん。俺もそう思う」  そして、また照れて頬を赤くする青――って。 「ねぇ、これ、俺たちサボってない?」  青は男子だけれど、ふたりの女子トークに口を挟んだら、青が目を丸くしてスナック菓子を摘んだ手をぴたりと止めた。 「だって、カフェの目玉スイーツが決まらないんだから仕方がないじゃない?」  島さんは手を止めることなく、ふぅ、とひとつ溜め息を零して、またスナック菓子をやっぱり五本、綺麗な指先で摘んでる。 「和と洋のコラボスイーツ、ねぇ」  そう呟いて、そのスナック菓子を口に放り込んだ。総支配人役の島さんが「ここ! 最重要だから!」と宣言してた。カフェ・Cの目玉スイーツがまだ決まらない。  和洋折衷のスイーツで、しかもクレープ。  クッキーやマフィン、オーブンを使ったお菓子をあらかじめ作って並べて、カフェに見立てた教室でそれを皿に盛って出す、なんてことはしたくない! って、島さんが断言したのはいいけれど。 「抹茶ケーキ、餡子と生クリームをサンドしたスポンジケーキ。あとは、うーん……」  クレープで包むのは和テイストのケーキ。小さく角切りにしたケーキをあらかじめ調理室で用意して、ホットプレートなら教室で調理してもOKだから、お客さんに選んでもらったケーキをその場で包んで渡す。そこまでは島さんもクラスの皆も大盛り上がりの大賛成だった。  でも、そのケーキがなんだかパッとしない。どれも一般的というか、どこにでもありそうな組み合わせ。奇抜すぎても味のイメージわかないと思うし。でも、抹茶も餡子も普通に合うのがわかる。  俺と青はカフェのメインとなるメニューの考案を何よりも最優先で考えないといけなくて。他のクラスメイトが文化祭準備をしている今もまだ、準備係りの邪魔にならないように調理室の一角で唸ってた。 「和、ねぇ……」 「和、だよねぇ……」  青と島さんが同じようなことを呟いた時、総支配人の島さんがクラスメイトに呼ばれて出ていってしまった。 「……ごめん、青」 「? 何が?」 「……おばあちゃんのこと」  青にきつく当たったりなんてして。 「んーん、別に気にしてないよ」  あんなにきつくされてるのに? 埃を指でチェックするなんてドラマみたいなことを素でやってるのに? 「しょげてもないし」 「……青」 「だって、おばあちゃんの怒り方さ、みつにそっくりなんだもん」  そう言って肩を竦めて笑ってるけど。 「似てないよっ!」 「似てるって。あんまおばあちゃんと話した事ないから、ちょっと嬉しいし」 「えぇ? あんなに意地悪されてるのに?」 「あははは」  本当にマゾなんじゃ。そんな考えがふとよぎってしまうくらい、ほんの少しも落ち込んでいない青が不思議でポカンとしてしまう。 「だってさ、なんか、マジで嫁入りしたみたいじゃん?」 「……」 「みつんとこに嫁いで、そんで、いびられるなんて、ちょっとドラマっぽくて楽しいし。っていうか、クレープの中身、本当に考えないとだよね!」  俺ね、思うんだ。青と一緒にいたら、ずっとずっと一緒にいたら、きっと毎日が楽しいんだろうなぁって。 「あんみつ! なんて、入れたら、生地がべちょべちょになるかぁ。じゃあ! 寒天、……」 「……修行も、メニュー決めるのも、一緒に、頑張ろう。青」 「!」  カッコいいのに可愛くて、こんなふうに思わずキスしたくなってしまう青とずっと一緒にいられたらなぁ。ずっと隣で笑っててくれたらなぁって。 「おばあちゃんの嫁いびりからは俺が守るから」 「! ちょ、ちょ、みつ! もぉ! マジで、鼻血出るってば!」  とても大事にしたいなぁって、そう思うんだ。

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