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第74話 あおみつ
白玉をクレープで包むんだ。丸くてコロコロとして、モチモチして、ツヤツヤな白玉をクレープ生地でくるんだら、ちょっと見た目が楽しそうだと思う。
で、白玉はほんのり甘いけど、それだけじゃ、甘さはほとんどなくて味気ないだろ? 餡子を乗っけてもいいかもしれない。それはオプションみたいな感じでお客さんが選んだら良いと思う。
でも、甘さは……甘さは、黒蜜がいいと思う。ちょっと難しいけれど、俺と青ならできると思うんだ。少し濃く煮詰めて、とろり、っていうよりもどろっとした感じ。焦がしてしまわないように気を付けて、それを白玉で包んで完成。中に黒蜜が入ってて、見た目は白くて丸いけれど、食べると中から濃厚な蜜が溢れる。これなら、意外性もあって、黒蜜ならけっこう好きな人多いかもしれないし、もっと甘くしたいのなら餡子を入れたり、それこそきなこだってばっちりの相性だ。
「ど、どう思う?」
ふと思いついたアイデア。青の頬を見てたら、柔らかそうで、ふと、白玉を思い出した。俺の好きな唯一っていってもいいかもしれない、和菓子。
「……」
「あ、青?」
これなら、青と半分こ、できるかなって。そう、思ったんだけど。あんまりだったかな。青はポカンとしたまま、止まってしまった。俺にとってのお菓子作りは家の手伝い。作業のひとつひとつでしかなくて、あまり一連の流れを考えなくてもよかったから。こういうことを自分なりに考えてみるっていうのは初めてでさ。
「やっぱ、微妙かな」
「……い」
「へ?」
いまいち、って言葉が続きそうだと思って、あはは、って笑おうとした。
「いいっ! それ! すっごく良いと思う!」
「え? 青、いい? え、いいと思う?」
「うんっ! すっごく!」
青が興奮してた。頬を真っ赤にして、目を輝かせて、俺の思いついたクレープに喜んでくれてる。
「ほ、ホントに? でも、けっこう手間かなって」
「調理室借りれるじゃん」
「でも、黒蜜って固まらないから、美味く包めるかどうか」
「ラップを使えば大丈夫だよ。んで、少し冷蔵とかさせてもらえば、ちょっと硬くなるかもだし。白玉を少し弾力強めにしたら平気だと思う。あー、でも、あの弾力って、どうやったら」
「あ、あれは、豆腐を入れるんだ」
青がびっくりしてた。そっか、青は知らないのか。うちの白玉には水は標準よりも少なくして、その代わりに豆腐が混ざってる。だからモチモチしてて弾力があるんだけど、普通はそうじゃないから。
「豆腐……そうなんだ」
「うん。なんで、そうなるのかは子どもの頃に聞かされたけれど、俺も、ふーん、って感じにしか思ってなかったから、よく覚えてない。たしかでんぷんがどうとか」
「うわ! 貴重な情報だ!」
青が嬉しそうだ。目を輝かせて、宇野屋のモチモチ白玉の秘訣を聞いてくれる。そしてそんな青を見てると、俺もつられるように楽しくなってきてさ。
「あ、それで、オプションとして、甘党の人は餡子乗っけても良いし、逆にクリームも合うのかな……わからないけど」
「それは試してみようよ! 黒蜜と白玉と生クリームが合うのかどうか。あ、でもさ、黒蜜プリンとかもあるから、逆にカスタードクリームとかでも」
「あ、それ、俺食べてみたいかも」
やっぱりね! って顔をされてしまう。だって、プリンも好きなんだ。卵の風味が強い濃厚で高そうなプリンでも、スーパーで三つ百円くらいで売っている子どもの好きそうなプリンでも。どっちも、プリンだから好き。
「お客さんが白玉の個数とかも決めたらいいかも。サンドイッチ屋みたいに、クレープで包むものを自分で選べるんだ」
「うわぁ、それめっちゃ楽しそう! ね、みつ! そしたらさ、その白玉によもぎ粉とか混ぜて、緑のも作ったら、余計に楽しそうじゃない?」
「すごく綺麗かも」
俺がアイデアに同意すると青がぱぁっと表情を明るくした。
白いお餅と若葉色のお餅を自分の好みで乗せて、中にはとろーり黒蜜が入ってる。ころころした二色のお餅はきっと、絶対に可愛い。
「うわっ! めっちゃいいよ! みつ、すっごいの思いついたじゃん!」
「うん」
頷いてしまった。自分の出したアイデアだけれど、そこに青のアイデアも重なって、合わさって、俺たちの思いついたクレープがどんどん良い感じになっていく。
緑と白、二色の白玉の中には少しほろ苦いくて濃厚な黒蜜。それをくるりと包み込んだ、和と洋のコラボクレープ。
「うわぁ、めちゃくちゃ美味しそう! さっそく、島さんに連絡してみる! あ、みつが考えたんだ。だから、みつが島さんに」
「ううん」
スマホを持つ青の手をクンって引っ張った。青が電話して。俺じゃなくて全然かまわないし、ふたりで思いついたクレープなんだから。
「……あのさ、青、名前なんだけど」
「? クレープの?」
小さく頷いた。
「あおみつ、っていうのは、どうかな」
「……」
俺と青が考えたから。それに、ほら、白玉の中には蜜が入るんだし、緑のことを青って見立ててさ、「あおみつ」って呼んだらいいかなぁって。
「び、みょうだった?」
またフリーズした、と思ったら、ゆっくりと俺よりも少し大きい手が青自身の口元を覆い隠す。そして――
「せっかく、さっき、みつからの頭突き攻撃を避けたと思ったのに……」
「あ、青?」
「まさか、こういう形で攻撃してくるとは」
「え? ちょ、何? 俺、何もっ」
「萌え転がって、どっか飛んでっちゃうとこじゃんっ!」
そう怒った顔で言われても。真っ赤にして、白玉を連想させる頬を丸く膨らませて、眉毛なんて吊り上げたりしちゃった青が襲い掛かる勢いで飛びつくから、ちょっとびっくりしてしまった。
「あおみつ……とか、最高です」
そう小さく囁く青の低い声のほうが俺にとってはよっぽどの戦闘力を持った攻撃に思えるんだけど。
「よかった。あとさ、青」
「……んー?」
「なんか、スイーツ考えるの楽しかった」
「……」
和菓子もそうだけど、あれは合うかな、これはどうだろうって一生懸命に頭使うのはとても楽しくてドキドキした。
きっと青が一緒にいてくれたからだ。青の隣にいると何もかもが楽しくなって早くって気持ちが急いてしまうくらい。
「あとね、青」
「……んー?」
「急に抱き締められたので、キスとか、したくなっちゃったんだけど」
「…………えええええ!」
ちょ、鼓膜破けるから。耳元でそんな大きな声で叫ばないでほしい。耳がキーンって耳鳴りでおかしいことになっている。
「もおおお! ホントに、みつってば!」
「うん。ごめんごめん」
笑いたかったけれど、俺の笑い声は真っ赤になって怒った顔の青の唇に塞がれて、外に零れることはなかった。
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