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第76話 見てみたかった……
文化祭まであと……十日、じゃなくて、九日になった。
「マジでっ?」
朝、そう叫んだのは島さんだった。学校に向かう途中で島さんを発見した。ちょっと疲れてるのか、いつも何がどうなってるのかわからないくらい美容院でセットしたみたいに複雑に絡まり合うまとめ髪が今日は頭のてっぺんでシンプルにお団子になっている。
そのお団子が大きな声を上げた瞬間、ぴょんと跳ねた。
「目玉メニュー思いついたのっ?」
「うん」
「うわぁん! マジで? ねぇ! マジで? よかったぁ。もうぶっちゃけどうしようかと」
すごく心配をかけたみたいだ。高校生活ラストの文化祭で、この後はそれぞれの進路に向かって突き進んでいく。この後、クラス全員でできるイベントは卒業式くらいかもしれない。だから、文化祭をめちゃくちゃ楽しむためにも妥協したくないんだ。きっと、島さんってそういうとこがカッコいい女の子だと思うから。
「もうね、いいのが出なかったら、ふたりに女子コスしてもらって客寄せにしょうかと」
「……えっ?」
絶対に無理なんですけど。その妥協案を回避できてよかった。島さんなら本当にそれを実行しそうだから、本当に、本当に思いついてよかった。
「それでっ? どんなクレープなの?」
目を輝かせる島さんがどうか、この「あおみつ」案に食いついてくれますようにって、本気で願いながら、教室までの道のりで説明した。
「ど、どう?」
白玉は二色、白と、よもぎ色。黒蜜を中に入れて、オプションのことも説明した。その場でお客さんがトッピングを選べて、ちょっと楽しそうでしょって、感じに説明した。
「クレープの名前は、あおみつがいいかなぁって……」
「……」
「い、いかが、ですか?」
これが却下だと、女子コスが俺と青を待ち受けてる。
「島さん?」
「……それ」
女子コスは本気で回避したい。
「それっ! すっごおおおおおく! ……いいっ!」
「!」
島さんが興奮しているのか頬を真っ赤にして、珍しいシンプルなお団子にまとめた髪をぴょんぴょん跳ねさせながら、俺が説明した「あおみつ」のことを頭の中で再現している。白でしょ、よもぎでしょ、餡子とかはオプションで、作るの難しそうだけど、ふたりなら大丈夫か。お饅頭だって作れちゃうし、深見の料理の腕は知ってるし、って、小さな声で復唱しながら、色々考えている。
「平気そう?」
「うんっ! すっごく! 平気! あ、まだホームルームまで時間あるよね! ポスター係りの、原っちってまだ来てないのかな。これ、ポスターにがっつり入れないと! あ! それと、今度一回試しに作って写真送って欲しいんだけど!」
そうなんだ。あと、文化祭まで九日。女子コスは置いておいても、とにかくメニューのことではたしかに島さんに心配をかけたと思う。そっか、写真、あると助かるのか。そこまで考えてなかったし、昨日は思いついただけで、試作品を作ろうとかまでは思いつかなかった。
「あ、うん。今日、帰ってから作るつもりだから」
夕方、夕飯を食べ終わってからだったら、厨房が使えるはずだ。どうせ明日の朝の掃除も俺たちがするから、使うこと自体は問題ないと思う。
「作ったら、写真送るよ」
「やった! 写真待ってる! 美味し白玉が、ツヤツヤプルプ……る?」
きっと頭の中を今目まぐるしく動かしているんだろう島さんが、試作品の写真のことで、ずいっと一歩歩み寄り、俺を覗きこんだまま、なぜか、止まった。
「島、さん?」
「つやつや……」
「へ?」
「それ、昨日の時点で教えてほしかったなぁ。そしたら、半日早く動けたし、私も色々悩まなくて済んだんだけどぉ。試作品も作ってもらえてたらなぁ」
思いっきり、ビクン! って、飛び跳ねてしまった。思いついたのは昨日だった。でも昨夜はちょっと、ほら、俺と青は――。
「試作品、見たかったんだけどぉ」
「ご、ごめ」
「それで、ふたりともお肌がつやつやうるうるなのね」
「へえええ?」
にやりと黒い笑み浮かべる、学年一のモテ女子。
「ちがっ! あの、違うよ! 別にっ! えっと」
「いいの! 毎日四時起き、大変だもんね。早寝したんでしょ? ふたりで、ベッドで早めに寝たんでしょ?」
「ちがっ! 島さんっ! あのね!」
違わないんだけど。っていうか、島さんは俺たちのことを知ってはいるけれど、そういうところはぼにゃりとごまかしたいっていうかさ。だから、「違います」とも言い切れず、かといって、「はい。そうです」とは言えないし。
「いいのいいの! いいんだよ! それじゃあ! 明日は必ず、試作品お願いします! 今夜は我慢ってことで」
「島さんっ!」
「我慢してね! 一日! それじゃ! 私は原っち探してくるね!」
俺の話をほぼ聞かず、でも島さんに俺の脳内はばっちり見透かされ、にっこりと微笑みながら手まで振られて「我慢だよ」なんて言われて。気恥ずかしくて、蒸発してしまいそうに頬が熱くなる。
「もう……島さんになんか色々知られてて、どーすんの、青」
「……」
「青?」
そういえばずっと隣にいたけれど、ずっと一言も話さなかったな。青。
「青? どこか具合が悪い?」
今朝、学校に来るまでは普通だったし、四時に厨房でいつもみたいに掃除している時も普通……いや、普通よりも元気だったかもしれない。ずっと鼻歌をうたいながら、ものすごく楽しそうに窓枠のところから厨房の隅まで綺麗に磨いていた。
「青?」
その青が少し真剣な、そして、少し神妙な顔をしている。
「どうし、」
「失敗だったかも」
え? 何が? あおみつのこと? でも、昨日ふたりで決めたメニューの詳細は間違えずに島さんへ伝えられたと思うんだけれど。もしかして、根本的にどうなんだろうって疑問が浮かんでしまった?
「女子コス、見たかった」
「げほっ! ごほっ! ちょ、青! げほっ」
何を真剣に悩んでるんだろうって思うだろ。溜め息までついて、眉をひそめて、いつもの青とは少し違うシリアスな表情を見せるから、俺はてっきり「あおみつ」のことで思い悩んでいるのかと思うじゃん。
そんな思い悩んだ表情はすごく男前だったのに。すごくカッコいい顔で「女子コス見たかった」なんて、とても残念そうに心底嘆かれて、俺は、昨日の夜何をしていたのか島さんに勘付かれてしまったのとダブルパンチで朝から瀕死の呼吸困難に陥っていた。
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