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第77話 いらっしゃい
白玉は絹ごし豆腐を入れてもっちりに。黒蜜は冷えると粘度が増すから、あまり煮詰めずに。あまり掻き混ぜすぎないように。クレープ生地は俺より青のほうがやっぱり上手だった。どうやったら薄いのに破けることのない綺麗な丸い生地を作れるんだろうと首を傾げてしまう。
難しかったのは白玉生地で黒蜜を包む時。最初のほうのはほぼ失敗したから、全部俺たちふたりの胃袋の中へと消えた。生地がしっかりしている分、お腹にもたまるわけで、ちょっと満腹になってしまうくらい。何度も何度も失敗したけれど。でも作りたての白玉だんごはツルツルツヤツヤで、綺麗に輝いて、美味しかった。
緑と白をクレープの中にバランスよく並べて入れて、中に黒蜜が入ってるのがわかるように半分に切った白玉をひとつ、一番上に乗っけた。
今回は試作品で、宣伝にも使うやつだから思いっきり見栄えはよくしておかないと。見た人が「あ、何これ食べたい」って思うような、そんなクレープにしないといけないから、餡子をアイスクリームみたいに乗っけて、白とよもぎ、両方の白玉にさりげなく、きなこも振りかける。
「……どう? こんな感じで。みつ、俺の手、写ってない?」
「大丈夫」
わざわざ庭に出て写真を撮ってみた。放課後に作ってるから暗くて、お店の明かり全開につけて、コンセントぎりぎりまで伸ばした勉強机のライトも使って、思いっきり照明当てて。あとは、原っちがイイ感じに加工してくれると思う。
青ができるだけ邪魔にならないようにって手を伸ばして背中を丸め、頭を低くしながら、クレープだけをたいまつみたいに掲げる。
「はい。撮るよ」
「は、早く! みつ! 俺、腕がつりそう」
「うん」
店先でやってるから、通る人はクレープ持って何してんだって思ってそうだけど、まぁ、いいや。なんか、楽しいから。
「どう? イイ感じ?」
「ちょっと待ってて」
うちの店の前に竹でできた長椅子がある。少し休めるように、お店でラッピングをしている間、ちょっと待っててもらうようにって、店内と店の出入り口にひとつずつ。もう秋だけれど日中はまだ日差しがきつい時もあるから、紺色の大きな布が屋根の代わりとして店の上のほうから斜めに下りてきてて、横から見ると小さな三角のスペースができていた。二人でそこに座って、まるで秘密基地にでもいるみたいな感覚にちょっとドキドキしながら、今、撮ったばかりの写真を覗きこむ。
「こんな感じ」
「うわ、すごくない?」
「……うん」
すごい。白玉、美味しそう。半分に切ったのも綺麗な切り口で、中に黒蜜が入ってるのがちゃんとわかる。俺は餡子好きじゃないけれど、でも、この写真見たら、食べたいかもしれない。
あ、美味しそうなクレープだな、って思うかもしれない。
「あおみつ……」
俺と青の名前を合わせた、ふたりで考えたスイーツ。
「食べたいなぁ。みつと半分こ」
でも、先約がいるんだ。うちのお父さんとお母さん。ずっとこの数週間、四時起きの青と俺を見守っててくれたふたりに。そして、青の四時起きを、洋菓子屋の息子なのに、快くうちでの修行へ送り出してくれた、青のご両親に。
「また、ね……」
今回はお預け。でも、ちょいちょい味見はしてたし、白玉のもちもち感は最重要だからちゃんと確認済み。えらそうだけれど、美味しいのはもうわかってる。何よりすでに満腹だし。
「うん。そうする」
「!」
「へへ、びっくりした?」
びっくり……したに決まってるだろ。まさか、こんな外でキスされるなんて思ってなくて、びっくりしすぎて、フリーズしちゃったじゃないか。凍ることのない黒蜜だって、白玉の中で固まってるかもしれない。
「これぞ、まさに、あおみつスイーツ、なんちゃって」
紺色の布で歩道からは覗きこまないと見えないけれど。でも、店のほうから「どうなった?」なんてお母さんたちが様子を伺いに来るかもしれないのに。
「それ、言ってること、意味わからないだろ。青」
「や、だって、みつとするキスは甘いくて美味しいから、最高のスイー……つ……」
「な? びっくりするだろ?」
驚かされっぱなしじゃあれだから、ヘラヘラ笑う青の唇に俺からもキスをした。ぶつかって、すぐに離れる、衝突事故みたいなキスだけれど、それでも、充分甘くて美味しいから。このクレープみたいに。
「と、とととと、とりあえず、その写真を島さんにメールしてよ。みつ。俺、クレープ持ってるから」
自分が先にキスをしてきたくせに動揺している青が可愛くて、クスクス笑いながら、島さんへ宣伝にバッチリ使えそうな「あおみつクレープ」の写真を送った。待ち構えていたようにすぐに「美味しそう」って目を輝かせたおじいちゃんのイラストスタンプが送られてくる。島さんらしい変なスタンプが面白かった。
「あら、美味しそうじゃない」
崩れないように、そっとリビングにふたつ「あおみつクレープ」を運ぼうとしたところで、お母さんがちょうどよくドアを開けてくれた。
「あ、お母さん」
「できたのねぇ。すごい素敵なクレープじゃない。青葉君は帰ったの?」
「うん」
同じものをふたつ両手に持って家に帰って行った。鍵開けられないから、俺が送って、それで、クレープだけをリビングでテレビを眺めていたお父さんに渡して、すぐに俺を送ろうとするから、いいよ、すぐそこなんだひとりで帰れるって笑った。本当に目と鼻の先なんだから、途中で何かあるほうがすごいと思う。
「あ、ごめん。お母さん、半分に切ってもいい? おばあちゃんにも。今回は材料少なくして作ったから、ちょうど四つ分しかできなかったんだ」
けっこう白玉生地を作ったつもりだったけれど、失敗があったせいで、五つは作れなかった。
「私はいらないよ」
「おばあちゃん、食べないんですか? 充と青葉君がふたりで考えたクレープなのに」
「クレープなんて素手で握って食べる洋菓子、私は好きじゃない」
チラッと見て、すぐにフンと鼻をならした。途中から嫁いびりならぬ青いびりはしなくなったけれど、ずっと不満顔は崩れなかった。
「おばあちゃん」
「……」
「来週文化祭なんだ。俺と青で厨房を任されてて、ふたりでこのクレープも、後、和洋折衷のケーキも作って、お客さんに食べてもらう」
和菓子とは違うかもしれない。和菓子みたいに竹串で切って食べるようなスイーツじゃないけれど、手で持って歩きながら食べるなんてって、おばあちゃんは行儀悪いと思うかもしれないけれど。
「美味しいから」
「……」
「おばあちゃんの好きなモチモチした白玉がたっぷり入ってるから。黒蜜を包むのすごく難しかったけど、上手にできるようになったから」
おばあちゃんにも食べて欲しいんだ。
「文化祭の時、三―Cの教室の、カフェ・Cっていうのが俺たちの開くお店だから」
「……」
「食べに来て」
きっと、美味しい和菓子だと思うから。
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