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第78話 あおみつスマイル

 調理室の中は今「あおみつ」作成と同時に和風ケーキがいくつも出来上がってきてるところで、甘い甘い香りに包まれている。  文化祭当日、あっちもこっちもあと少ししたらオープンされるお祭りの準備で落ち着かない。もう始まったんじゃないかって、さっき確かめてしまったくらい、学校丸ごと騒がしい。  でも、ここだけはとても静かだった。  幼馴染だからかな。お互いに何をどう進行しようとしてるのか、なんとなくわかって、それをフォローし合いながら、丁寧に、手早く、お菓子を作っていた。  白玉はたんまり作った。たくさん買って行ってくれることを祈って。もし余ったら、文化祭の終わりに皆でスイーツパーティーしようって、島さんが笑ってたけど。俺は、余らないって思う。きっと、美味しいよ。だって――。 「青、どう?」  だって、青がこんなに真剣に作ったスイーツが美味しくないわけがない。  豆から自分ひとりで青が作った餡子。それを今、しゃもじですくって、指で取って、ぱくりと食べた。 「みつも食べてみてよ」 「ん」  香りでわかるよ。これ、宇野屋の餡子の香りと一緒だ。とても甘くて、甘くて、優しい餡子の香りがする。 「……どう?」  でも、なんかドキドキしすぎて、宇野屋のよりも甘く感じる、かも。だって、青の指で直接口の中に運ばれた餡子なんて、甘さ割り増しになるに決まってる。舌を指先で触られて、ほら、とても甘い気がする。  なんだっけ。テレビで前に見た事があるんだ。甘みは舌の先端部分、ちょうど今、青の指先が触れているところで感じるんだって。本当かどうかは知らないけれど、そうらしい。だから、その舌先を青にいじられたら余計に甘く感じてしまって、正確な餡子の味なんてわからなくなってしまう。 「ン、み……」 「おおーい! ケーキ、できたの運……ぶ……ラブ?」 「んんっ、うわあああああ!」  いきなりガラガラッと賑やかな音を立てて明けられたドアと同時に島さんの少し急いでいる声が聞こえて、それから、俺の叫ぶ声、最初、指咥えてたせいで変な感じの絶叫が鳴り響いた。 「もおおお! ラブラブは文化祭が終わってからにして! ほら! できたケーキ運ぶから! っていうか、鍵も閉めずにこんなとこでイチャつかない! 誰が入ってくるかわからないでしょ!」 「はーい」  俺はもう声も出せなくて、パクパクと鯉みたいに口を開けて閉じてを繰り返すだけ。代わりに返事をしたのは青だった。とってものんびりと楽しそうに返事とか、してるけど。指パクッとしてるとこ見られた! 見えないけれど、舌の先を指でくすぐられてるの、見られてしまった! 島さんは俺たちのことを知っている唯一の友だちだけれど、だからって、指パクッとしてるところを見られるのはちょっとアレなわけで。  なんか、普通に、華麗にスルーして、ケーキ運んでいってくれたけど、 「あ! ごめん! 言い忘れた! 途中、お昼くらいにふたりと交代するから! 私が深見の代打で、原っちが宇野君の代わりね! 十二時か一時、お客さんの入りで判断しようと思うけど、そんな感じでいい?」 「うん。ありがと」 「はーい。あ! そうだ! 白玉、めっちゃ美味しそう!」  一旦戻ってきたと思ったら、顔だけ覗かせてそれだけ伝えると、また忙しそうにケーキの入ったトレーを両手で抱えて先に行ってしまった。なんか、普通すぎて、青も島さんも、スルーするとかよりも全然自然体で、ぽかんとしてしまう。 「白玉、美味しそうだって」  でも、ぽかん、とはしてられないかも。 「よし、それじゃあ、俺たちも運ぼう」 「うん」  もう文化祭が始まる。俺と青が作った「あおみつクレープ」を白玉売り切れで困るくらい、たくさんの人に食べてもらう日なんだ。  高校の文化祭はこれで三度目。でも、この三度目は楽しいだけじゃなくて、ドキドキして、ワクワクしてた。 「えっと、白玉三つ、よもぎが三つ、餡子はどうします?」  俺はクラスメイトと一緒に接客係りをしつつ、クレープのトッピングかかり。青は隣で生地を延々作り続ける係り。青が一番大変だ。それなのに、一番楽しそうだった。ホットプレートの上に丸を描きながら、ほんのり口元はずっと笑っている。  大丈夫かな。疲れない? 隣に陣取っているから、青が何かして欲しいことがあれば、たとえばプレートに油を追加するとか、生地の入ったボールの交換とか。全部、青が頼む前にさっとやってはいるけれど。でも、大変そうだ。こめかみのところ少し汗かいてる。 「青、俺が」 「すみませーん! あおみつ、ください」 「あ、はい」  代わるよって言おうと思ったけれど、お客さんに声をかけられてダメだった。その後も、あおみつはすごく人気で、ここまでとは思ってなかったから、ちょっと戸惑うくらい。 「えっと、次、あおみつ、白玉ふたっつ、よもぎふたっつのお客様!」 「あ、はーい!」  あれ、この人、さっき、午前中、朝一に買っていってくれなかったっけ? たしか、手渡してすぐに食べて、中に入ってる黒蜜に嬉しそうに笑ってくれてた。ポスターを見て、どうしても食べたかったんだって、だから開門と同時に来てくれた人じゃなかった? 誰かのお母さんとかなんだろうか。大人のひと。 「これ、朝一にも食べたのよ。この白玉、すっごいもちもちしてて美味しかった」 「あ、ありがとうございます」 「ね、これ、普通のと違うわよね」  豆腐が入ってるんです、って、宇野屋特製白玉団子の秘密をこっそりと教えてあげたら、驚いてくれた。今度自分でも試しみるって。そして、本家の白玉も買いに行きますって。 「本当に美味しかったから、もう一度食べたくて、一回家帰って、子ども連れてまた来ちゃったの。あっち」  お客さんが指差した教室の入り口には小さな女の子が立っていた。お店の中で歩き回って迷惑を描けたら大変だと、そこで待たせてるって。 「あ、ごめんなさい。子どもにはトッピング何がいいかしら」 「そうですね、カスタードクリームとか合うかもしれないです」 「美味しそう」 「どうぞ、これ、たっぷり乗せますね」  喜んでくれるといいんだけど。 「ありがとう。とっても美味しいクレープ」  お母さんがお辞儀をして、良い子で待っていた娘さんに「あおみつクレープ」を渡す。食べやすいようにと渡したプラスチックの小さなスプーンが彼女の小さな手にはちょうど良いサイズだった。  あの子には少し大きかったかもしれない白玉を口に運んでもらって、パクリ。そして、数回噛んだ後、ふわりと頬がピンクに染まって、嬉しそうに瞳が輝きだす。 「よかった。みつ、喜んでもらえたね」  青もその子の表情を見て、ふわっと笑った。 「うん」  俺たちの「あおみつクレープ」が作った笑顔に、俺と青が嬉しくて笑っていた。

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