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第79話 水饅頭が食べたくて

「すみませーん。あおみつクレープ」 「あ、はーい!」  白玉、足りるかな。お昼休みに青とふたりで追加に作ったから大丈夫だと思うんだけど。 「白玉四つで、よもぎがふたつですね」  お昼休みはちゃんと取りなさいって島さんに言われたからふたりで調理室でのんびりして、で、じっとしていたら、お互いに、同時に「白玉、足りなくなりそうじゃない?」って言ってハモってた。  二回目ともなると、けっこう手馴れたもので、朝よりもずっと短い時間で白玉とよもぎ団子の山をひとつずつ作れた。 「青、生地、追加のこっちに置くよ」 「ありが……」  接客の合間で生地の入った新しいボールをホットプレートの近くに置いた時、顔を上げた青が何かを見つけて目を見開いたまま、手を止めた。 「青? 生地、焦げるよ?」 「み……」 「白玉みっつ、よもぎ、みっつ」  クレープの生地、早くひっくり返さないとってお客さんに背を向けてた。だから見てなくて、そっちから聞こえてきた声に、俺もびっくりしてしまった。 「え? おばあちゃん?」  そこには仏頂面をしたうちのおばあちゃんがいた。高校生が主なこの場所にいると少し違和感がある。っていうか、いつも自分がいる教室で見るおばあちゃんって、なんだかすごく変で、なんか、びっくりする。 「ほら、早く。お客を待たせない」 「あ、うん!」 「うん、じゃないだろう。接客中は常に、はい。それと、あ、は要らない」 「はい」  本物だ。本物のおばあちゃんだ。親はお店があるけれど、午前中に少しだけ顔を出してくれた。俺と青が頑張ったオリジナルメニューがどうなのか、人気があるのかって、心配して見に来てくれたけど。おばあちゃんはそこにはいなかったし、俺が「来て」って言った時もリアクション薄かったから。来ないだろうなぁって、思ってた。 「しょ、少々お待ちください」  白玉みっつ、よもぎみっつ。 「餡子も乗っけてくれ」 「は、はい」  円錐形にしたクレープ生地の中に緑と白を交互になるよう置いて、上から、アイスクリームみたいに餡子を乗せる。 「おばあちゃん、団子六つってけっこう食べるね」 「! フン、美味けりゃ団子六つくらいわけない」  うん。美味しかったら、ね。だから、きっと完食しちゃうと思う。  美味しいから。リピーター出るくらいだから。 「あ! おばあちゃん! その餡子! 青が最初から作ったやつ!」  ずっと仏頂面のおばあちゃんがチラッと振り返って、また、フン、って鼻を鳴らすだけの返事をして教室を出て行ってしまった。その手には「あおみつクレープ」があった。片手で持ったまま食べられるお菓子を持つおばあちゃんってちょっと意外すぎて、貴重なものを見れた気がした。 「はぁ、大丈夫だったかな。おばあちゃん、全部食べたかな。っていうか! クレープ生地まっず! って、皮だけ残してないかな! あと、餡子、ちゃんと甘くしたんだけど! 俺の好きな宇野味にめっちゃ近づけたつもりなんだけど!」  文化祭が終わった。あっという間だった。めまぐるしくも楽しくて充実してた。残ったスイーツでパーティー、なんてできなかった。完売で、片付けも簡単で、もう済んでしまった。 「大丈夫だって」  宇野屋の息子が言うんだから、大丈夫。ばっちり甘い、俺の少し苦手な餡子だったよ。 「はぁ…………まずかったら、どーしよ!」 「だーいじょうぶだって。ほら」  差し出した「あおみつクレープ」を青がパクリと食べた。島さんが気を利かせて、確保しておいてくれた、白玉みっつ、よもぎ団子みっつ。それと餡子も乗っけたクレープを一日お疲れ様ってことでくれたんだ。  今はそれをふたりっきりで中庭で食べてる。オレンジ色と薄いピンクが綺麗な夕焼け。空が広くて、大きくて、見上げると安堵の溜め息が自然と零れる。 「……ね?」  ラスイチのあおみつを青が食べながらコクンと頷いた。  美味しいよ。これ。すごく美味しいと思う。きっとおばあちゃんはびっくりしたんじゃないかな。ここにあるクレープの中身は宇野屋の味がしてる。モチモチの白玉も、甘い餡子も、おばあちゃんが誇っている宇野屋の味だ。それと、クレープはバターたっぷりでほんのり甘い、FUKAMIの味。まさに、俺と青だから作れたスイーツ。  それが美味しくないわけがない。 「はんぶんこ」  ぼそっと呟くと、青が嬉しそうに笑って、食べかけのクレープを受け取った。 「……文化祭楽しかった。青は、大変だったよね」 「んーん、すっごい楽しかった」  一日中、クレープ生地焼いてたのに? 「なんか、ちょっと、みつが良いパ、パ、パと」 「パト?」 「パ……トナーっぽくて、なんかドキドキしつつも、将来に夢を馳せるというか、膨らむっていうか、妄想が止まらないっていうか」  あんなに真剣な横顔だったのに? こめかみに汗が滲むくらい一生懸命にクレープ焼きながら? 「青……」 「あ! いや! あれだよ? やましいことは、全然」 「俺、宇野屋継ぐ」 「全然普通に将来を……考え……え?」  空を見上げて、ひとつ溜め息を零して、視線を足元へ。 「青とスイーツ考えるの楽しかった」 「……」 「和菓子はやっぱりそんなに好きじゃないし、餡子は甘すぎる気がするし。でもさ」  でも、あおみつ、美味しいよ。これをふたりで作ってるの、すごく楽しかった。真剣にお菓子を作ることがとても楽しいと思った。 「あと、お客さんが俺たちの作ったスイーツを笑顔で食べてくれるのも嬉しかった」  やっぱり目の当たりにすると全然威力が違う。自分の作ったものをあんなふうに笑顔で食べてもらえる仕事はとても大変で苦労もあるだろうし、厳しいと思うけれど。毎日早起きして、風邪引くなんてできないし、忙しいし、疲れるけど。でも、笑顔で「美味しかった」って言われたい。そしてまた買いに来てくれたら最高だなぁって思ったんだ。 「青とずっと一緒にお菓子を作りたいって、思った」 「……」 「色々、難関はあるかもしれないけど、でも、青とならっ! って、ええええ? なんで、泣いて」 「……だって」  クレープ片手にポロポロ涙を零す学年一のモテ男子に慌ててしまう。 「ちょ、青っ」 「宇野屋さんとこ修行に行きながら、将来みつと一緒にお店をやるシュミレーションになったらいいのにって願ってた」  涙が、まん丸な、水饅頭みたいな涙が、ぽろっと落っこちた。 「でも、みつは和菓子好きじゃないから無理かなぁって思いながら、でも、できたらなんていいだろうって夢見てて。夢、なんだって思ってたのに」 「……青」 「夢じゃなくなった」  指で受け止めて舐めたら、甘いかな。青は宇野屋の甘い餡子が大好きだから、涙だって甘いかもしれない。 「そんなの、嬉しすぎて、泣くに決まってるじゃん」  あぁ、告白する場所を間違えた。家ですればよかった。そしたら、青の涙を口にできたのにって、綺麗な雫に見惚れながら思っていた。

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