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第82話 ふたりで半分こしたのに、ひとり分よりも増えるものって、なぁんだ?

「俺ね! 和菓子だけ二年間学べるともあるって、この前、先生に聞いたんだぁ。ほら、これこれ!」  下は下着とハーフパンツ、でも上半身は裸の青がベッドから隣にある机へと手を伸ばし、パンフレットを何冊か枕元に並べた。全部、製菓の専門学校のやつだ。表紙がどれも美味しそうな甘いお菓子の写真で、ちょっとしたスイーツ一覧みたいになってる。 「和菓子だけ?」 「そう! すごくない? あんま、そういう専門ないから、先生に、こんなんもあるぞって言われて即もらってきた! ちょっと遠いんだけどねぇ」  まさにホクホク顔でまた布団の中に潜り込んだ青の肩が触れる。素肌と素肌が、ただちょこんと触れただけなのに、妙に意識したりなんてして。  もう、エッチなことだってしてるのに、ちょっと前までここで、そのエッチなことをしてたのに。青の肩はなんか骨っぽくて、触れるだけでドキドキするんだ。 「ここだったら、たんまり勉強できて、みつんとこにお嫁にいく時に役に立ちそうじゃない?」  お嫁って……なんで、余計にドキドキさせるようなことをサラッと言うんだよ。 「こっちかなぁ。やっぱ、和菓子に本腰入れるくらいじゃないと、おばあちゃんにしばかれるかなぁ」  ふたりでひとつのベッドに裸のまま、って、青は下履いてるけど、俺は本当に正真正銘裸で寝転がって、天井にかざしたパンフレットを読み比べてた。  触れる肩、すぐ横で聞こえる弾んだ青の声にドキドキしながら。 「俺は、青が最初に言った、和菓子もカリキュラムに入ってる製菓の学校がいい」 「だよね。毎日苦手な餡子じゃさすがにあれだよね」 「ううん。そうじゃない」  一回、うつぶせになって、枕の上に散らばったパンフレットから、俺が行きたいなぁって思った製菓の学校のをひとつ持って、またひっくり返る。仰向けになって、そのパンフレットを広げた。  何度も読んだんだ。本当に迷ってたし、たくさん考えてたから、何度も手にとって読んで、ぐるぐると頭の中で考えを巡らせてた。 「和菓子を二年間学ばなくても、うちで学べる。それよりも、ここで、洋菓子も和菓子も全部丸ごと勉強して、あおみつ、みたいにさ、ミックスしてあるのを作りたいんだ」 「……みつ」 「アレンジをするのなら、創作スイーツを作るのなら、まずは基礎をどっちもしっかり学ばないといけないと思う」  それにはここが一番合ってると思う。一年目は基礎をしっかりと、二年目は基礎があるからこその応用、それに、量産に関しての訓練も入ってくる。  パンフレットを天井から降り注ぐ照明への傘代わりにして、青に初めて、自分なりに思っているふたりの将来について話した。  文化祭の時にも思ったけど、量産させるのってけっこう大変だ。あの時はトッピングを選んでもらうってことでごまかせたけれど、それはお店をやるってなれば通用しない。手作りだけれど、どれもできる限り同じ形、同じ向きに、違いのないよう作っていかなくちゃいけない。しかも手早く、だ。あおみつと、作りおきしておいたカットケーキで対応みたいなことはできなくなる。数点作ればいいわけじゃない。種類は豊富に、形は同じに。それにはきっと鍛錬が必要だから。 「ふたりでまた、もっと、作りたい」 「……」 「俺たちしか作れないスイーツを」  並んで仰向けになってた。でも、青が起き上がって、パンフレットの代わりに、照明の光を遮る傘になった。覆い被さる青の裸は、天井からの明かりがないのに眩しくて、目を逸らしてしまいたくなる。 「みつ……」  ドキドキする。さらりとした素肌同士が触れ合っただけでも、こんなに心臓バクバクする。 「うん……一緒にたくさん、美味しいスイーツを作ろう。みつとずっと半分こできる、美味しいお菓子を」 「青」 「ずっと、一緒に作ろう……って、なんか、愛の結晶だね。みつ」  時間、止まった。 「み、みつ?」 「……」 「みつ? どうしたの?」  どうしたもこうしたもないよ。 「っぷ、……っ、あははははは!」 「え? ちょ、笑うとこ? ねぇ、そこ、感動するとこでしょ!」 「だって、だって」  もっとこう、青は顔がカッコ良いんだから、なんかなかったかな。他の言い方。愛の結晶って、きっとドラマでも使われない、ある意味殺し文句だし。子作り? いや、なんかそういうのとも違うし。お菓子だから、子どもだとしたら、食べられちゃってるし。食べて欲しくて作ってるから、なんか、こう、そうじゃなくて。かといって、愛の結晶なんて、歌詞みたいな単語はあまり俺たちに似合ってないと思う。 「もおっ! そんなに笑うことないじゃんか」 「ごめ、だって、はっ、あははは、はぁ……お腹、イタタタ」  こんなにカッコいいのに、可愛くて、たまにこうして外してくる青のこと、すごく好きだ。 「うん。作ろう」  愛の結晶を、ね――そう言って唇に触れる。たしかに、その単語が一番クサいけれど、一番しっくり来るかも。 「み、……」  さっきあんなにやらしいエッチをしたはずなのに、男っぽく俺の中に突き立ててたはずなのに、世界一可愛い顔をして照れて困って、真っ赤になってた。 「充、おかえり」 「お母さん。あと、お父さんとおばあちゃんも」  家に帰ると、お母さんが声をかけてくれた。いつもだったら、そのまま部屋へ行くのだけれど、今日は居間のほうへと歩いていく。おばあちゃんがびっくりしてた。 「お話しがあります」  そういわれて身構えない人はいない。でも、身構えて欲しいから、あえてそう言った。これは俺なりにちゃんと考えて、出した結論だから。結論、とは違うのかな。俺の選んだ、スタート地点、なのかな。  リビングに座っていたお父さんとおばあちゃん、そして、俺の話の切り出し方に不安を隠しきれないお母さん。 「俺……和菓子、宇野屋、継ぐから」  三人が目を丸くしてた。俺が餡子を好きじゃないことは知っていたけれど、家を継いで欲しい気持ちもあったから、継ぐ必要はないって言えずにいた三人。嫌々継がせることになるんだろうなぁとどこかで思っていたかもしれない彼らの予想をひっくり返した。 「嫌々継ぐんじゃないよ? 継ぎたいと思ったんだ」 「……どうしてだい? あんなに和菓子嫌いだっただろ?」  おばあちゃんだった。宇野屋のことを誰より大事にしていたおばあちゃん。きっと、おじいちゃんとの思い出がたくさん詰まってるんだ。だからとても大事な宝物。 「今もそんなに好きじゃない」  宝物を嫌々している人になんてあげたくないに決まってる。でも、宝物だからこそ潰したくもない。 「でも、あおみつクレープをたくさんの人に食べてもらえるのが嬉しかった。一日楽しかった。あと……」  青を好きになった今なら、おばあちゃんの気持ちを本当にわかれる。 「あと、美味しかったから。あおみつが」  ふたりで半分こすると、なんでだろう、ひとり分以上の幸せを感じられる。数学の方程式完全無視だ。 「だから、宇野屋、継ぎます。青とふたりで、継がせて、ください」  深く、深く、頭を下げた。 ――どうだった? 反対されなかった? 俺、心臓が止まるし、口から出そうだよ。 ――おばあちゃんが。 ――おばあちゃんがっ? 何? なに? なにーっ? ――あおみつ、すごく美味しかったって。餡子が特に美味しかったって、青に伝えて、だそうです。  それから、数分後、ものすごい元気な声、ものすごい足音、そして、扉壊れるくらいに飛び込んできた青。  メッセージのやり取りじゃもどかしくて、飛び込んできた青のものすごい歓声が部屋いっぱいに響き渡っていた。

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