83 / 123

第83話 銀杏デート

 行きたい専門学校はふたりで同じところに決めた。青のお父さんお母さんは応援してくれていて、もうその心の広さには感動するっていうか、さすが青の親っていうか。青もそう、広くて大きくて、俺なんかよりもずっと、広大なサバンナのように広い――。 「ふわぁぁ、ぁ……わ……」  広いサバンナでのんびりとすごすライオン……みたいだ。 ――あくび、移る。  声を出せないから、筆談で、もう百回くらい隣で繰り返されているあくびを注意した。 ――だって、体育で疲れたんだもん。  青も筆談で答えてくれる。カリカリって、ノートの上を滑っていくシャーペンの音すら響くような、静かな図書館。家で勉強でもいいんだけど、こっちのほうが勉強に集中できるかなって。ほら、家だと、なんか部屋デートみたいになるから。  行きたい専門学校は入試がかなり楽だった。お菓子業界に携わっている関係者であれば、特別枠推薦がある。組合からの推薦状の提出が必要だけれど。入試もあるけれど、たぶん、大丈夫。うちの親も、青のお父さんたちもその推薦状を用意してくれたから。たぶん、安泰っぽい。  でも、ほら、それとは別に学校の試験はちゃんとあるから。今はその勉強中だった。  カリ……。  問題集に目を通していたら、視界の端に入り込んできた青の手。その手が俺のノートの上に何か書いてる。さっきの筆談の続きだと思ったのに。 ――ずっと、好きでした。付き合ってください。  手がどいたら、そんな告白文がノートの上に残ってた。  もう、何してんの? また青が変な遊びをしている。ここ、図書館なのに、どうしてそういう攻撃をするんだよ。 ――バカ、もう付き合ってる。  だから、照れ臭くて、そんなぶっきらぼうな返事しか書けなかったじゃないか。 「青、何してんの?」 「えー? 何が? 銀杏が綺麗だなぁ」  こういうのホクホク顔っていうんだろうな。  来週から、試験なのに、全然そんなの気にしてなさそうな、緩い笑顔にこっちの力が抜けてしまいそう。  図書館へと続く道は見事な銀杏並木になってて、週末ともなると写真を撮る人がいたりで賑わう通りだけれど、平日の夕方、人はあまりいなくて、とても静かだった。カシャ、クシュ、って、銀杏の葉の絨毯の上を歩く度に乾いた音がする。  本当に綺麗な黄色。でも、黄色の絵の具を道路いっぱいにばら撒いて塗ったのとは違う、どこか透明感があるっていうか、深みがあるっていうか。不思議で、それでいて、見てると溜め息が出るほど綺麗な銀杏の黄色。道の端から端まで、そして、この通りが続く限り、その色一色に染められている。  その黄色のせいかな。青のキャラメル色の髪が背景の中で際立っていて、目を引くから、すごくドキドキするんだ。  もう付き合ってるのに。  付き合ってくださいなんて、言われたからだろうか。たくさん、色んなことをしてるのに、今でも、ただ並んで歩くだけでこんなに胸が甘く締め付けられる。 「面談、俺、和菓子のこと語ったら落ちるかな」 「語るの? 青、餡子は甘くなければ……なんておばあちゃんの受け売りで話さなくていいから」 「えぇ? あれ名言じゃない? 和菓子はお抹茶を、その逆もしかり。お互いに引き立たせるために存在してるなんて」 「そんなの先生たちは充分わかってるって」  もうずいぶん寒くなってきた。マフラーだけじゃ、そろそろ、帰り道は寒いかもしれない。 「そだ。島さん、美容の学校行くって言ってたじゃん。今度ね。みつ、綺麗な顔してるから、メイクの練習させてくれないかなぁって言ってた」 「絶対にやだ」 「えええええ? 即答?」  即答に決まってるだろ。男子なのに、メイクされて綺麗になって喜ぶわけない。色白とか褒められても嬉しくない。睫毛も長くなくていい。 「青がしてもらいなよ。似合うから」 「うげ……失神しちゃう」  げぇって本当にしてみせてた。青はセンスがいい。俺はファッションとかよくわからないけれど、青のセンスが素敵なのはわかる。キャラメル色の髪によく似合う黄色と緑のタータンチェックのマフラーは、偶然にも銀杏色にも合っていて、まるで、ファッション雑誌のポスターみたいだ。  俺はそういうの疎いから、オフホワイトのシンプルなマフラーをしてる。先のところがけっこう大きなポンポンになっていて、青はいつも帰る時にそれを手毬遊びみたいにずっと掌で弾ませてみたり、ただ持ってみたり。触り心地が良いって手を離さないから、俺も、そのマフラーばかり使ってた。 「似合うって。今度、俺が島さんに頼んでおこう」  今も、掌に乗せて、モフモフ感を楽しんでいる。 「やだやだ、絶対にやだ」 「なんだよ、青。自分は拒否のくせに、俺にはさせようって、ズルいじゃん」 「だって、絶対に可愛いじゃん! あぁぁっ!」  びっくりした。突然、大きな声で叫ぶから、周りに誰もいないから、他の人は驚かせずに済んだけど。 「あれだかんね! みつが女の子だったらいいのに、とかじゃないかんね!」 「……」 「そういうんじゃなくて! なんつうの? みつ、綺麗だから、それがメイクで……ぁ、でもそういうとメイクしたほうが断然綺麗みたいになるのか。そうじゃなくて、意外な一面が見たいっていうか、なんだろ、う、うーん……説明が」  きょとんとしてる俺を見て、慌てて、そうじゃないんだって弁解をしてる青が可愛かった。 「だからね! みつはみつで、えっと、女の子になってほしいとかじゃなくて」 「うん。わかる」 「わかってる? 違うんだよ? みつの」 「スーツ着て、髪を後ろに流し気味にして、ネクタイ緩める青……って、たまらないだろうなぁって俺が思うのと、一緒でしょ?」 「へ? そうなの?」  うん。絶対にカッコいいじゃん。ドキドキすると思う。たまにそういう青を想像するし。数年後の青はどんななんだろうって。どんなふうにカッコよく、俺の隣で笑うんだろうって。 「でも、どんな青でもやっぱり好きだけどね。眼鏡かけた青はどんなだろうとか、他にも色々」 「……」  色々、想像するよ。色んな青を。 「あはっ。青、狸になるの? 頭の上に銀杏の葉っぱ乗っけて」  青がきょとんとしてた。頭の上の葉っぱ一枚で、キャラメル色の髪は途端に狸の毛並みみたいに見えて、きょとん顔も急に可愛らしく見えてきたりして。ようは、どんな青でも好きで、どんな青も見てみたいっていう、独り占めしたい願望が働くだけの話。ただ君のことが好きっていうだけの話。 「何かに化けるなら、青、リーマンとかは? ほら、宇野屋を一緒にやるんだったら、大人になってもリーマンなれないじゃん? 見てみたい」 「……みつ」 「? ……青?」  頭の上に一枚、はらりと落っこちてきた綺麗な銀杏の葉っぱ、せっかく乗っかったからそのままでも可愛いけれど、彼氏である俺は親切だから取ってあげよう、なんて思いながら手を伸ばした。 「みつ……好きだよ」  ふわりと揺れた髪、その拍子にとても綺麗な黄色の銀杏が、舞った。 「……」  キス、してた。  唇がそっと触れて、そっと離れる。その間に聞こえてきたのは、一歩、俺のほうへと近づいた、青のくしゃっていう銀杏色の絨毯を歩いた足音ひとつだけだった。  音がしないくらいに、優しく淡いキスなのに、その唇が離れて、チョコ色の瞳と目が合ったら、ここ一面の銀杏が踊るように舞い上がったように感じたんだ。

ともだちにシェアしよう!