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第87話 「付き合ってる人」

 青と俺の進学先はほぼ決定してる。特別推薦枠に入れてもらえるから、入試もあるけれど、きっと大丈夫。あとは、この推薦を取り消しされたりしなければ。で、そこで二年間お菓子のことを徹底的に学んで、店の調理場を任せられるようになったら、その後、青はうちの店で働くことになっている。二年先の就職内定がすでにおりてる感じ。青の親は、青が宇野屋のお菓子大好きってわかってるから、反対するどころか、応援してくれてた。うちの親よりも早く、組合から青の推薦状をもらってたくらい、青のこれから先を全て応援してくれている。あとは、お姑さん役のおばあちゃんが――。 「こ! これって! これって!」 「へぇ、こりゃ、京都の狭山さんじゃないか」 「おばあちゃん、知ってるのっ?」  羨望の眼差し。青が目を輝かせておばあちゃんとテレビ画面の向こうでお菓子チャンピオン優勝決定戦に挑むお気持ちは? とインタビューを受ける「狭山さん」を交互に見つめた。そして、まんざらでもないおばあちゃんが、狭山さんのことを少し嬉しそうに語ってる。   京都の和菓子屋さんなんだって。でも、今回の大会は創作スイーツをテーマにした戦いだから、和洋折衷で新しいことにも挑戦したいですと語っている。柔らかい笑顔だけれど、きっと厨房にたったらとても厳しいんだろう、白髪混じりの狭山さん。  ただ話しているだけなのに、いつでも素直に喜びを表現する青は手を叩いて拍手までしていた。 「ずいぶん、年取ったねぇ。狭山の息子も」 「呼び捨て! いいの? おばあちゃん! めっちゃ呼び捨て」  あんなに厳しくしてたくせに、今じゃなんか和菓子友だちみたいになってるし。いいけど。あんなに険悪なままでいられるよりも断然いいんだけどさ。なんか、すっごい仲良しっぽいんだけど。ふたりして並んでテレビ観ながらお菓子について語るって、俺より仲良しじゃんか。  もう、専門卒業した後のことも安泰な気がする。おばあちゃんはきっと反対しない。だって、ケーキ屋さんの息子が一番和菓子のことを熱く語ってるんだから。  そんなふうに並んで熱く語り合う背中をしばらく眺めていた。 「ほら。青、包んだから」 「あ、うん! ありがと!」  学校で女装大会、って、俺ひとりがしただけだから大会じゃないんだけれど、ちょっとした息抜きをして。俺の部屋で色々、その……エッチなことをして、帰り際、うちのお母さんがお団子を持っていけと包んでくれた。それを待っている間に、お菓子マスターを決める番組を楽しそうに、おばあちゃんの隣で観ていた。 「餡子とみたらし」 「おわ! やったぁ。えっと、四本だから」 「? は? ちょ、代金とかいいよ。うちでたまたま余ったやつだし」 「えー? でもさ」  本当に余ったんだ。だから、青が食べなかったら家族で食べてただけの話。でも、こんなに、世界一大喜びしてもらえるのなら、全部あげたいだろ? だから、どうぞっていうだけ。 「ほら、もう遅いから。おかあさーん! 俺、そこまで送ってくる」 「え? いいって! みつ! 危ないから! 外寒いから!」  何が危ないんだよ。すぐそこが青のうちじゃん。歩いて数歩だよ。ここでもしも誰かに誘拐されそうになったら大きな声出すよ。そんで抵抗している間に青に助けてもらうから平気。あと、寒いってさ、その寒い中をひとりで歩く青は寒くないみたいじゃんか。  いいから、いいから、って言いながら、靴を履こうとする青の背中を押した。前のめりになる青にかまわず背中を押して、玄関から追い出して。 「外、寒い」  青が持って帰るお団子も冷えて硬くなってしまいそうなほど寒い。ついこの間まで秋だったのに。もう夜も十時をすぎるとキンと空気が冷めたくなってきていた。 「ほら、みつ、風邪引いちゃうって」 「……鈍感」 「へ?」  家はご近所さん。行き来するのを手間だなんて思いようがないほど近いのは、すぐに会えて便利なんだけれど。少しだけ、ほんのちょっとだけ不便だったりもする。 「おやすみ」 「……」 「なさいの、キスがしたかったんだ」  家の中じゃできないだろ? でも、したかったから、外に一緒に出たんだ。寄り道しようにも家は目と鼻の先。するなら、うちの玄関のところ、庭木に隠れられて、夜ならきっと泥棒が入りやすそうなここが一番良い。だから、ちょっと送ってくるって言ったんだ。 「みつ……」 「おやすみ。ほら、青が風邪引く」 「そしたら! そしたら、俺からも」 「……ン」  挨拶にしては長くて、優しくて、丁寧すぎるキス。唇に触れて、啄ばまれる。柔らかい唇はさっきまでエッチをしていた名残があるからなのか、冷えた外だと余計に際立つのか、とっても温かかった。 「おやすみなさい、みつ」  ほら、やっぱり寒い。青の吐息が真っ白になって、ふわふわと周囲を一瞬だけ漂ってた。  就職組も受験組も焦る人もいれば、もう安泰だとのんびりしている人もいた。部活がないから少し暇なんだけれど、ちょっと体育館に顔を出してもいいかもしれない。でも、今行ったら、まずいんだろうな。というか、何か理由をつけて体育館に行こうとしている自分に少し困っていたり、する。 「あれぇ? 深見は? クッキング部の後輩が深見にもどうぞって、クッキー焼いてくれたのに」  でも、気になるんだ。 「あー……青は」  島さんが放課後にもかかわらずどこにもいない青を探してた。いつもはこのタイミングだったら、俺の隣に必ずいるはずなのにって、不思議そうに辺りを見回した。 「今、体育館、かな」 「たいいく? なん……あぁ」  そういうことかって顔をした。クリスマスもあるし、その先、すごく先だけれど、俺たちには卒業もあって、だから、今がチャンスかなって思う子もいるんだろう。 「少し、ざわつく?」 「……そりゃあ、ね」  苦笑いになってませんように。  お昼に言われたんだ。俺と青が廊下を歩いていたら「先輩!」って声をかけられた。放課後少しお時間ありますか? って、青が訊かれてた。俺の目の前で。  可愛い子だった。髪はおかっぱで、前髪をぱっつりちょん切って。大きな黒い瞳がとても目立っていた。意思の強そうなくっきりとした二重。彼女が話す度に、ぴょんと跳ねる毛先。長い睫毛、ピンク色の唇。きっと、あの子、モテると思う。  告白されているのは体育館。  青がモテるのなんてわかってた。付き合う前から、青の人気なんて誰もが知ってることで、俺は幼馴染だったけれど、そんな青を遠くから眺めていたんだ。告白されたことだってたくさんあって、今もそれはやっぱりある。  青に付き合っている人がいるっていう噂を耳にしている人は多いだろうけれど、その「付き合っている人」を誰も見たことがないから、関係ないって思う子だっている。 「宇野君?」  だから、こんな時はどうしても、「付き合っている人」が見えていれば、告白してくる子はいなくなるの、かな、なんて思ってしまうんだ。 「みつー! かーえろっ!」  ガラガラって大きな音を立てて扉が開いた。そして、青が普通に戻ってきた。そのことにホッとしてた。 「うん。帰ろう」 「あ、島さんだ。バイバーイ」 「島さん、じゃあね」  青と付き合ってから、青が告られる場面がなかったわけじゃないのに、何回でも胸のところが苦しくて、何回でもホッとする。 「そんでさ。狭山さんが優勝したんだよ! すごくない? おばあちゃん、すごくない? 観たかなぁ」 「……」  何回あっても、慣れない。 「みつ?」 「え? あ、うん。狭山さん、どうだろ。おばあちゃん寝るの早いから」 「そっか。録画したの一緒に見てくれるかなぁ」  青の隣に慌てて滑り込むように陣取ってしまう。 「なんつって、また、みつんちに上がる理由にしたりして」 「おいでよ」 「……え?」  ここ、青の隣は俺のとこって、手が勝手に青のコートの裾を引っ張っていた。

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