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第88話 益田が来た!
「え? 今度、狭山さんがお菓子、くれるの? ま、ま、マジで?」
お昼休みに教室でお弁当を食べていた青が本当に一回飛び上がった。周りの皆がびっくりして見上げてるけど、本人は全く気にもせず、頬を真っ赤にして大興奮している。
この前、うちのおばあちゃんと大盛り上がりで創作スイーツ王決定戦っていう番組を観戦していた青。おばあちゃんの友人である、狭山さんっていう人がその決勝戦に出ていて、ふたりでテレビの前に陣取って応援してた。
その狭山さんに、おばあちゃんが連絡を取ったらしい。で、狭山さんが自分を応援してくれてありがとうと、その時に作ったお菓子と全く同じものを送ってくれるんだって。これはたしかにすごいことだと思う。俺もちょっと食べられるなら食べたいし。
「おばあちゃん、ありがとう!」
そんな天井に向かって両手広げて言われたら、なんか、おばあちゃんが天国にいるみたいじゃん。元気だし。まだまだ、全然天国とか行く機会なさそうな元気っぷりだし。
「マジでえええええ!」
そこまで叫ぶほどじゃないけれど。
青、大興奮だ。ちょっといつものふんわりスイーツ男子の感じが消し飛んで、益田と同じゴリラ化してる気がする。ほら、鼻の穴がすごい広がってるし。
その時だった。
「益田?」
教室の扉がカラカラと遠慮がちな音を立てて開いて、本物のゴリラ、じゃなくて益田が顔を覗かせた。
あいつ、何してんだ?
顔半分だけこっちに出して、何やってんの? 変質者みたいになってるぞ。あれ、隠れながら見てるつもりなのかな。それとも笑いを狙って? でも、誰もツッコミ入れてないけど。あ、島さんと文化祭の時に「あおみつ」をすごく美味しそうなポスターに仕上げてくれた原っちが、ゴリラを辞めて変質者と成り下がりかけている益田を不思議そうに眺めている。
「青、ちょっと待ってて」
「うん。どうしたの? みつ」
変質者が教室覗いてるんだって教えたら、そりゃ大変だって、派手な音を立てて椅子を蹴り飛ばして立ち上がる。そして、変質者はどこだ! って探して、俺が歩いていく先に益田を見つけて、ストンと椅子に座る。周りにしてみたら、青も充分変だけれど。それでも、さっきっから騒がしい青に誰もツッコミを入れないのが面白かった。
「何してんだ? 益田」
「んぎゃああああああああ! あだっ!」
あまりに挙動不審な益田が面白いから、脅かしてやろうと一旦教室を出て、半身ずつ、廊下と教室にある益田に廊下側から声をかけた。突然、肩を叩かれ、声をかけられた益田が断末魔を挙げて、そして、額と後頭部を続けざまにドアと壁に激突させている。
そんなに強く打ってたら記憶が飛んでるかもしれない。そのくらいに思いっきりぶつかってた。
「何してんの?」
「な、なんだよぉ、充かよぉ。びっくりさせんなよぉ」
「びっくりしたのはこっちだ。何、他所のクラスを覗き見してんだよ。捕まるぞ」
「んな! の、のっ、覗き見なんて!」
してたじゃん。思いっきり半分出てるけど、本人はどうにか風景に同化できてると思ったのかも。もちろん同化できてないし、隠れられてもいない。
「何? 誰かに用?」
俺や青にだったら、声かけるだろう。
「誰か探してた? 落し物とかか?」
「あー、いやぁ……」
「なんだよ」
益田がぼそぼそ話すなんて、ちょっと似合わなくて、眉をしかめながら、目的となった理由を訊く。
「どうしたんだよ」
「いやぁ、あ、あ、あのさ! 誰にも、だっれにも言うなよ?」
「? う、ん」
なんだ? なんで、そんな顔真っ赤なんだ? 熱あるのか? インフルの時期だし。それならマスクちゃんとしないとだろ。高校三年のこの時期に風邪でもインフルでも菌ばら撒いたら。
「な、なぁ、ここにさ、黒髪の女子、いない? この前、島さんと放課後に歩いてたんだけど」
しばかれるどころじゃ、すまないぞ。
「島さんといたし、ここの教室に入ってくのを追いかけて見たんだけど、なんかいなくてさ」
「……黒髪の?」
まさか、な。
「そう! 黒髪で、ショートでさ! 島さんはその時、ジャージ着てたんだけど、その子は制服で」
そのまさか、とか。
「あ、ちょうど、髪の長さお前と同じくらいかもなっ!」
そりゃそうだろう。だって、その女子は俺だから。
「へ、へぇ……そ、そ、そその子が、どうかしたの、か?」
「可愛いなぁって」
「げほっ!」
「れ、連絡先とか教えてくんねぇかなぁって思って」
「ごほっ!」
「あははは、一目惚れってやつ?」
「……」
どこからともなく、お仏壇の「チーン」って音が聞こえてきた気がした。
「いいいいい、いない! そんな女子いない!」
「っぽいなぁ。今、めっちゃ探したけどいなかった。はぁ」
溜め息つくなよ! っていうか、会いたそうな顔もするなよ!
「あの子、どこのクラスなんだろ。島さんにも訊いたんだけど、知らないっていうし」
内心、「ひいいいいいいい!」って叫んでしまった。益田に女装した俺、探されてる。しかも割りと本気で。
「ふたつ下、一年なんだってさ。でもさぁ、あの時、俺の記憶が確かだったら、あの子、三年なんだよなぁ。サンダルの色が緑だったし」
制服は変わらないけれど、サンダルの帯だけ学年ごとに色が違っていた。その色が一年の赤じゃなくて緑だったって。
「き、気のせいなんじゃ」
「かもなぁ……そっかぁ、やっぱいないかぁ」
あ、あんまこっち見るなよ。何? なんだろ。そんなガン見されたら、アレが俺だと何かの拍子にバレそうじゃんか。
「ほ、ほら、教室戻れよ。不審すぎるから」
「……おう」
手を振って、益田が一年生の中でもなんでもいい、どっかしらで黒髪ショートで好みの女の子を見つけられますようにって、胸のうちですごい必死にお願いする。
トボトボと歩く後姿を見守っていた。まさか、俺の女装が益田の好みドンピシャだったってこと? 絶対にバレないようにしないとだな。
「……?」
益田が戻ってこないことを確認して教室の中に戻ろうと思った時だった。視線を感じで、振り返ると、そこには女の子がいた。サンダルのベルトの色が赤だ。本物の、一年生だ。
あ。
知ってる。おかっぱの髪型、大きな瞳、とても可愛い子。そして、青の告白をした子だ。
「みつ? どうしたの? なんか、益田がめっちゃ叫んでたけど」
その子がわざわざ学年の違うここまで来た理由なんてひとつしかない。青に会いに来たんだと思う。
「みつ?」
でも、その子は青の姿を見つけた瞬間、慌てるように背中を向けて帰ってしまった。
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