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第89話 チャンピオンのお菓子
青に告白した一年女子。すごい可愛い子だった。たぶん、青の隣に並んだら、とてもバランス取れてる、んだろうな。小さくて、きっと青の肩くらいまでしか背がない。今、流行りのおかっぱスタイルはとても難しい、て島さんが教えてくれたっけ。女装メイクしてる時に、そう言ってた。俺は色が白いし睫毛が長いから、そのおかっぱが良く似合うと思うって。美人だって。
でも、本当に似合うのはああいう可愛い子、だと俺は思う。目がクリクリしていて、くっきり二重で、睫毛が長くて、お人形みたいに可愛い子がするべき髪型だろう。おかっぱなんて。
「みつ、今日、うち寄ってく? 何か、お菓子あるかな。なかったら、もらおうよ。まだ四時だし」
「……」
でも、青の隣は譲らない。あの子のほうが似合うのかもしれないけれど。でも、青が好きな人は俺で、俺がとても好きな人は青だから。だから、隣には俺がいたい。
「うちは?」
「みつんち、いいの?」
「うん」
「ありがと」
青が嬉しそうにはにかんで、照れてた。どっちの部屋でも同じくらいに楽しくて嬉しくて、そんで、キスするだけでも気持ちイイけれど。俺が部屋に青を呼ぶと嬉しそうな顔をするからさ。だから、おいでよって言った。今も、頬んとこが赤くなってる。寒いからじゃなくて、俺が青を誘ったことに嬉しくなって、頬を赤く染めてる。そんな青のことがたまらなく好きだなぁって思うんだ。
「おしるこ、作ってあげるよ」
「マジで!」
今度は、普通に大喜びした。青の好きな宇野屋餡子とモチモチ白玉でおしるこ、って想像しただけで、まさにホクホク顔をしている。
「うん。いいよ」
まるで子どもみたいにはしゃいで喜ぶ青が可愛くて、ずっと眺めていたいんだ。
「ただいまー! 青、来てるよ」
まだ親はお店のほうにいるけれど、一応、玄関口でそう言ったら、居間のほうからひょこっとおばあちゃんが顔を出した。
「ちょっとふたりともおいで」
そう言って、居間の扉から手をヒラヒラ振って手招いていた。
「うわあああ! マジで? マジでいいんですか?」
「あぁ、ちょうどさっき届いたんだ。狭山が作ったお菓子、おやつに食べな」
「はい! ありがとうございます!」
青は必ず、おばあちゃんに敬語で話す。自分にとっては先生だからって、言っていた。憧れてるんだそうだ。そんな青がこの前は大興奮しすぎて敬語忘れちゃったくらいに雲の上の人。狭山さんからの送られたお菓子。
青があまりに嬉しそうだから、おばあちゃんもつられて笑ってる。あんなふうに優しく笑うおばあちゃんは孫の俺にとってもかなりのレアだった。
「んーっ! 美味しい!」
「そりゃよかった。本人にもそう伝えておくよ」
「あの! 俺も、狭山さんに手紙とか書いたらダメですか? お礼も兼ねて」
「いいんじゃないか? 喜ぶよ。待ってな、住所持ってきてやる」
ありがとうございます! そう元気に言って、青がパクリと羊羹を食べた。狭山さんがこの前の番組で優勝したスイーツ。それをテレビで見るだけじゃなくて、実際に食べてるから、興奮していて、なんか可愛い。何をしても元気で、楽しそうで、つい見てしまう。
「はぁ、めちゃくちゃ美味しい」
「うん」
俺も美味しいって思った。羊羹を自分から食べたいと思ったことなんてないのに、これなら食べられてしまう。見た目も綺麗で、中身も美味しい。夕暮れの和風の庭みたいに思える、素敵な羊羹だった。よくテレビで見かける白い小石を使って、波紋を地面に描いてある中庭。それが羊羹の中で再現されている。何層にもなっている羊羹。その途中で、栗のペーストが波紋の模様を土台の上に作っていた。そして、そこにもう一度羊羹生地を流して、その上にドライフルーツが散りばめられていて。このドライフルーツがアクセントになってるんだ。羊羹に栗のペースト、それだけだったなら、甘すぎて俺はそんなに食べられないかもしれない。でもこのアクセントがあるから、なんか甘さが心地良く感じられた。色んな果物をドライ加工しているおかげで、スプーンですくった一口ごとに味が少しずつ違っていて、毎回楽しくて、毎回驚く。
「これ、すごいです! こんなすごいお菓子作れちゃう人とおばあちゃんが! 友だちとか!」
「フン……あれはただの菓子バカだよ」
なんて言いながら、誇らしそうにしてた。ふたりしてお菓子のこと、和菓子のことを語り合ってるのを見ながら、なんか、いいなぁって思った。
「あぁ、俺、バカ」
青が溜め息をついてる。あまりに美味しかった創作羊羹におばあちゃんも青もトークに花が咲きまくりで、熱の篭ったスイーツ談義を繰り返してた。そして、気がついたらもう宇野屋は閉店して片付けも終わってしまってたくらい。
そんなわけで、今日は部屋デートはなし。普通に友だちみたいにのんびりすごして帰る時間となった。
「いいじゃん。こういう日があったって」
「えぇ? そんなことないよ! 俺はすっごいラブラブしたかったんだよ!」
「うちのおばあちゃんとラブラブしてたくせに」
俺のぼやきに、青が「ひょえええええ!」って絶叫が一番似合いそうなほど、表情を変えた。
「ウソだよ。でも、こういうのんびりした日も俺は楽しいよ」
「……みつ」
「美味しかった。あの羊羹」
「! う、うん! めっちゃ美味しかった! あれはすごいね! あんなさ、一口ごとに味が違ってて楽しめるのなんて、すごくない?」
「うん、すごい」
そりゃ、創作スイーツ王にもなれちゃうと思う。和洋折衷って言ったら誰もが思いつきそうな抹茶を使わず、しかもベースを和菓子で作るなんてすごいよ。和菓子職人だから、そりゃ和菓子ベースなのかもしれないけれど、普通ならきっと洋菓子ベースに和のテイストを織り込む気がする。
「すごいけど」
「みつ?」
「俺たちはもっとすごいのを作れる職人になろう」
「!」
ふたりで、だとちょっと卑怯なのかな。知恵が二倍になるから。でも、ふたりでなら必ずあの人の創作スイーツよりもいい物を作れるって自信がある。
「うん! みつ! 作ろう!」
青となら、なんだって、できる気がするんだ。
「宇野、先輩」
彼女の声は思っていたよりも低かった。
「あの、お話しがあります」
いや、どうだろ。この前、青に告白したくて呼び止めた時はもっと可愛らしい声だったような気がする。あぁ、告白だって思って少し胸のところがざわついていたから、あまりちゃんとは聞いていなかったけれど。
だって、聞きたくない。自分の好きな人に、他の子が「好き」と告るところなんて、聞きたくないに決まってる。
「ちょっと、いいですか?」
振り返ると、そこにはおかっぱスタイルがとても似合う、可愛い一年生女子が立っていた。立って、俺を睨んでいた。
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