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第94話 言われれば言われるほど嬉しくなる、二文字
「みつのバカ」
青の搾り出すような声に涙が止まらなくなった。ポロポロ零れて、転がり落ちていく。あんなに泣いたのに、もっと、もっと涙が溢れてくる。溢れてきて、ちゃんと見えない。
青の指に、もう一度、指輪をしないといけないのに。
「もう、あんな気持ちで外したくないからね」
「ごめっ」
「バカみつ」
青が指輪の戻った自分の薬指にキスをして、それから、俺に唇にもキスをしてくれる。あんなに悲しくて、痛くて、辛かったのが嘘みたいにほぐれて静かに消えていく。
「ホント、不思議だ」
「みつ?」
「青に、バイバイって言ってから、ずっと泣いてた」
ずっとずっと、涙は止まらなくて。よく脱水症状にならないものだと思ったくらいに止まらなくてさ。干からびてしまうかもって。ラグにどんどん染み込んでいく涙を見ながら思ったんだ。
それなのに、まだこんなに溢れてくる。そのうち、ラグから染み出してきてしまうかもしれない。
「悲しくて、青に会いたくて、ずっと」
「……」
「でも、まだ涙が出る」
青の首にしがみついて、もう手を離したりしないって気持ちを込めて、好きな人を見上げた。
「でも、今、泣いてるのは嬉し泣きだから違うのかな」
タンクみたいなのがあるとしたら、違うところだから、だから、こんなに溢れてきても干からびないのかな。でも、今はもう干からびたくないんだ。もっと青と一緒にいたい。なんて、自分の気持ちを伝えたかったのに、言葉は全部青に食べられてしまった。
「ン、んくっ……んんっ、ぁ、ふっ……ぁおっ」
深くて濃くて、激しいキスにクラクラする。でも、自分からも青に触れたくて、舌を差し込んで青を捕まえる。泣きながら、青の首を引き寄せて、とにかく近くに行きたくて、キスしてるっていうか、青の唇に噛み付いて、ぎゅって、した。
「みつの、バカ」
「うん」
「なんで、バイバイなんて言うんだよ」
「うん」
キスの合間、息継ぎしながら青の文句も食べていく。ごめんって、何度も謝った。謝るしかできないから。
「本当に、みつの、バカバカ、おおバカだ」
「うん」
バカって何度言われたんだろう。言われれば言われるほど、あんなにずっと悲しくて辛くて重くて仕方のなかった胸が軽くなっていく。数日だったと思う。たったの何日間か青に会えなかった。でも、もう、笑うことなんてできないと思うほど、悲しかった。
それが、青にバカって言われる度に嬉しくなってきて、今、ちょっと笑ってしまえるくらいに、胸のところが温かい。
「好きだよ」
「っ」
それは、反則だよ。青。
「大好きだ、みつ」
「っ」
今、そんな真っ直ぐ言われたら、息ができなくなっちゃうよ。
「あ、おっ」
ぎゅって、肩にしがみ付いて、ブレザー握り締めて、自分の身体すら邪魔なくらいに青の近くにいきたい。今すぐ、青のとこにいきたい。
「したい」
「……みつ」
「ダメ?」
一番近くにいきたいんだ。青の一番近く。誰も、あの一年生の言葉も入る隙間がないくらい近くに。
「今の俺、きっと、制御とかできないよ?」
「しないでよ」
「みつ、あのね」
「お願い」
ずっとずっと触れたかった。我慢、できなかった。好きなんだ。これは、ダメ、なことなの? 大好きな人に触れたいって思うのは、ダメなの? 男同士だから? 手を繋ぐように、笑って、くっついて座って、一緒の時間をすごしたいって思うのは、男同士じゃ、ダメなの?
「青の、一番近くに、行きたいんだ」
好きな人を抱き締めたいって思う気持ちは、いけないこと――なんかじゃない。この「好き」はダメなんかじゃない。
「あっ、青っ」
口を開けると青が深く口付けてくれる。だから、甘える雛鳥みたいにキスをねだって、青がくれるごちそうを啄ばんで食べて。
「あぁっン、青、声、出るっ」
「みつの中、すごいよ。熱くて、トロトロ、ローション使ってないのに、今日、ヤバい」
キャラメル色の髪が汗で湿ってダークブラウンになってた。その髪が熱そうで、額にくっついちゃったのを指でどかして、また、キスをする。唇が離れても、青のことが欲しくて仕方がないから、ぬぐってあげた汗で濡れる自分の指にキスをした。
「んんんっ、ン、あおっ……やら、それっ」
そこ、前立腺だ。
「トロトロなのに、ここだけコリコリになってて、みつの中、エロすぎ」
「やぁっ」
汗すら、なんか美味しくて、しゃぶってた指にキスをされて、電気が身体を駆け巡る。青の近くにいくために慣らしてもらってる孔がきゅうきゅうって、骨っぽくてカッコいい指に絡み付いてしまう。
「だって、青のこと」
「……」
全身が青を欲しがってる。孔も唇も舌も、身体まるごと青のことが欲しいってヒクついてる。
「好きだから、あぁっ……ン、指」
俺の中を押し広げて、あの太さと質量を教えて、慣らしてくれる指が抜けてしまった。
「ね、青」
「何? みつ」
「そのまま、して欲しい」
「……」
ゴム、いらない。そう呟いた声はあまりに小さくて、青には聞こえなかったかもしれない。だから、手で、ゴムをつけようとする青の手を邪魔した。
「みつ、でも」
「お腹、痛くなってもいい。だから、そのまま、青としたい」
「……」
ゴム一枚分も邪魔されたくない。
「ダメ? うわっ! わっ…………青」
一瞬でぐるっと世界が反転した。ラグの上に寝転がって、上から覆い被さる青の表情が翳ってて、ドキドキした。カッコよくて、瞳が艶やかに光ってて、そして、男の顔してた。
「痛かったら、俺の肩でもなんでもいいから、思いっきり、噛んで?」
「え? なんで、そんなの」
「そのくらいしないと、きっと、止まらないから」
丸ごと心臓になったみたいに、ドクドクドクドク、騒がしい。
「好きな人に、そんなこと言われて、制御なんてできないから」
「……」
「痛かったり怖かったり、したら」
「ないよ」
青の肩にしがみついて、脚を大胆に開く。
「俺、きっと、青が思ってる以上に、青のこと好き、すごくものすごく、欲しいから」
「……」
「一番近くに、青のっ、ン」
身体の一番奥で触れ合った瞬間、熱で溶けてしまうかもしれないって、そう、思ったら、また、涙が溢れてびっくりしたんだ。
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