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第96話 好き、なんです。

 男女でも、同性同士でも、好きな人とするセックスってたまらなく気持ち良くて、幸せなものなんじゃないかなぁって、そう思ったんだ。  ぎゅっと抱き合って、大好きな人の一番近くにいける。青と今日したセックスはそんな感じがした。 「……ぁ、ぉ?」  肌寒くて、毎日使っている自分のベッドなのになんだか寂しくて、目が覚めた。青が、いない? 眠る時はいたのに、今、青がいた場所がぽっかり空白で寒い。 「青?」  帰ったとか? 昨日、ふたりで抱き合ったまま眠って、えっと、今、もう十二時近い。夕飯食べずに寝ちゃったんだ。たぶん、あとで食べるだろうって、下に置いてあるんだと思う。この時間ならうちのお父さんたちはもう寝てる。  そっと部屋を出ると真っ暗だった。  音を立てないように、静かに、一段ずつ階段を下りていく。階段を下りてすぐが玄関。そこに青の靴があるかないか確認しようと思ったんだ。なければ、帰ってしまったんだろうから。 「……と、思ってます」  小さいけれど、声が聞こえた。  青の声だ。どこから? もう一階のリビングもキッチンも、もちろん、厨房のほうも真っ暗だった。トイレ? そう思ったけれど、廊下の突き当たり、おばあちゃんの部屋の扉のほんの数ミリある隙間から光が漏れていた。真っ暗の中、ドアの長方形に合わせて途切れ途切れだけれど、光の筋がある。  え? おばあちゃん、起きてるの? こんな夜中に? 和菓子屋でずっと働いてたから、おばあちゃんもお父さんたちと同じくらい早寝早起きなのに。 「自分のところの店は?」 「継ぎません」  青の声だ。今度はしっかりと聞こえた。青とおばあちゃんが話してる。 「みつと一緒に宇野屋で働かせていただきたいです」  いつもはふわりふわりと柔らかくて甘い青の声が違っていた。強くて、真っ直ぐで、濁りがいっさいない水みたい。柔らかいけれど、透明で綺麗で、冴えた声。 「!」  まさか、俺と青のことを咎められてる? だって、こんな夜中、おばあちゃんたちにとってはめちゃくちゃ深夜のこんな時間帯に、青とふたりっきりで話すことなんて。青のおじさんおばさんにも知られたら大変なことになるだろうけど、おばあちゃんもそうだった。そもそも青のことを良く思ってないおばあちゃんにしてみたら、こんなに認られないだろ。孫が洋菓子屋の息子と恋人なんて。  反対されて、この恋の邪魔されてしまう。推薦、青のは家族じゃないおばあちゃんには取り消しできないかもしれないけど、俺のなら簡単に取り消しできるはずだ。そしたら、青は――。 「どうして? 自分のとこの店で和菓子みたいな洋菓子でもなんでも作れるだろうに」 「みつと、一緒にいたいからです」  襖を開けようとした手が止まった。 「みつのこと、好きだから、です」  心臓が破裂するかと、思った。 「みつと、ずっと一緒にいたいと、思ってます」 「男同士でか?」 「はい」  おばあちゃんの声の厳しさに負けないくらい、自分を見つめてるおばあちゃんに気持ちを届けようとする、真っ直ぐな、青の声。 「私がそれを許すと思うか? 男同士で、恋だなんだって、まだ子どものうちは楽しいかもしれないが、ずっと、と意味をわかって言ってるのかい?」 「わかってます。だから、俺はFUKAMIは継ぎません。それは親にも納得してもらってます」 「うちの家族は? 納得すると思うかい? 男同士で」  緊張で、指先からどんどん体温が消えていく。それなのに、掌にはじんわりと汗が滲んでた。 「大事にします。みつのこと、一生大事にします。誰よりも幸せにしたいと思ってます。今すぐじゃなくても、俺と一緒にいるみつの笑った顔を見てもらえたら、いつか認めてもらえるって信じてます。どんな仕事も頑張りますから働かせてください。見ていて、ください」  青の真っ直ぐな声。  でも、返事がない。さっき聞こえてきていた、おばあちゃんの声が途絶えた。 「……まったく」  どうしようって、部屋に俺も入ろうと思って、また、襖へ手を伸ばした時だった。 「まだ子どものくせに、そんな立派な面構えで、お孫さんくださいなんて言い出すバカはお前ぐらいだよ」  おばあちゃんの呆れてる時の声。それと、大きな大きな溜め息。 「はい。俺だけでいいです」  声しか、聞こえないのに、おばあちゃんが呆れて笑ってるのがわかる。青が、少しだけ眉をしかめて、口をキリッとカッコよく真一文字に結んでいるのがわかる。  青が、おばあちゃんに俺とのことを真っ直ぐに伝えて、その言葉と気持ちを落とさないようにって、嫌そうにしながらも、両手でちゃんと受け取ってくれるおばあちゃん。 「まったく、えらいのがうちの嫁に来たもんだ。充!」 「え? おばあちゃん? あの、みつは今寝てて」 「入っておいで! 充!」  そっと襖を開けると、おばあちゃんが寝巻きの浴衣で正座をして笑ってて、こっちへ振り返った青がまだ高校生の俺たちにとっての正装として、学校の制服をわざわざ着て、正座のまま振り返った。 「あ、あの、おばあちゃん」 「まぁ、うちの店で働きたいって言った時の顔を見てみりゃわかるわ」 「おばあちゃん。あの、俺っ、俺と青はっ」  感動して、言葉がちゃんと出てきてくれない。こんなにどもってると、おばあちゃんに「お客さんにそれじゃ何も伝わらないよ」って怒られそうだけれど。 「見てりゃわかる。でも、まぁ、まだ子どものあんたらだからと放っておいたけど」 「俺は!」 「わかったわかった。真剣に、充とのことを考えてるんだろう? だから、学校も選んだ」  ただ好きなだけ。男同士だからとか、男女じゃないとか、そんなの関係なく。ただ青が「好き」なんだ。たったそれだけ。でも、それは友だちとか、家族とかにとってはとても嫌なことなのかもしれないと。「無理」と言われてしまうことなのかもしれないって、そう思ったから、青を傷つけたくなくて「バイバイ」を選んだ。でも、やっぱり好きで、とっても好きで仕方なかった。  だって、好き同士が一緒にいてはいけない理由なんて、ないと思う。性別はそこに関係ないって、青と一緒にいると思ってしまう。 「うちの可愛い孫なんだ。泣かせたら承知しないよ。クビどころの騒ぎじゃない」 「泣かせたりなんて、絶対にしない」 「してるじゃないか。ほら、今」 「えっ? ちょ、えぇ? これもカウントされるんですか?」  しないわけないだろうっておばあちゃんが笑ってた。たぶん。  俺は涙で視界がぼやけてしまって、その表情まではわからない。 「ごめっ、俺」 「ちょ、みつ、泣かないでよ」 「うん」  泣くよ。泣くに決まってるだろ。俺はクールキャラって島さんたちは思ってるかもしれないけど、けっこうすぐに熱くなるし、けっこう突付かれただけで泣いてしまうタイプなんだ。 「おばあちゃん! このみつの泣き顔はノーカンでしょ?」 「店の総取り締まりのわたしに、ただの従業員しかも見習いのあんたがえらく親しげな口調じゃないか?」 「ほわー!」 「冗談だ。うちの嫁になるんだかまわない」 「……え?」 「ほら、私はもう眠いんだ。あんたらも今日はもう寝るように。それと、本格的に嫁に来たら、夜更かし厳禁だからね」  おばあちゃんが珍しく笑って、それから、もっと珍しく大きなあくびをした。青が、自分のことを嫁って言われたって驚いたのは、部屋を追い出されてからしばらく経った頃。  突然叫んだかと思ったら、さっき、嫁って言われちゃった! って、頬を染めて、とても嬉しそうにしていた。

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