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第98話 うーちゃんって、誰

 授業はどこか上の空だった。四限分の授業を終えて、昼休みになると少し緊張した。知られてしまうとしても、青とは別れない。そう決めたけれど、青のことを見る周りの視線が、あの子と同じものになるのはやっぱり怖いんだ。俺が向けられた、嫌悪の混じる冷たい眼差しが青に向かうのは、すごく嫌で仕方がない。  だから、もう噂が広まってるかもしれないお昼になると身構えてしまう。教室に出入りする人をいちいち見てしまう。でも――。 「誰も信じないと思うよ」  島さんが呑気にサンドイッチをパクリと食べながらそう言った。けど、でもさ、信じないってそんな、写真だってあるのに。 「でも、写真があるんだ」 「は? 写真って? みつ」 「それを使って、脅されたんだ」 「!」  青には詳しくは話してなかった。 「青! もう、そのことを今言ってもさ」 「でも!」  急に立ち上がった青の表情を見て、慌てて、その手を掴んだ。きっと、彼女のところに行こうとしてる。そんなの、良くない。俺たちは悪いことなんてひとつもしてない。脅されるようなことをしてないって、思っているから。信じてるから。 「ねぇ、ねぇ、その写真、チューって、してるの?」 「し、してない」  島さんは本当にいつでもフラットなテンションっていうか。どうして、そう常に普通でいられるんだろう。言ったら怒られるだろうけど、貫禄があるというか。 「じゃ、無理だよ。信じてもらえない」 「え? なんで?」 「だって、深見、すっごい可愛い彼女いるって、みーんな思ってるよ?」 「は? 彼女? 俺、そんなのいない。誰のこと?」  青が怒ってる。たとえ噂でも、俺以外の誰かと付き合ってることになりたくないって、珍しく眉間に皺を寄せてる。 「誰?」 「誰って……これ?」  サンドイッチの最後の一口を口へと放り込んだ島さんが俺を指差した。 「……は、ぃ?」 「だから、彼女は宇野って」 「島さん? 何を」 「この前、女装したじゃん」 「え? ……えぇぇ?」  ニコッと笑ってる。あの日、調理室で髪を結わいてメイクするだけじゃなくて、制服まで来て、少し校内デートした日。 「黒髪ショートの女子は誰? って、後々けっこう訊かれたの。知らないっていうのも面倒になってきてさ。あれは他校の女子で、深見の彼女で、深見に会いたいって相談されたから、手伝ってあげましたって、そう言っておきました。だから、あの一年がどんなに言っても無理だよ」 「はぁぁ? ちょ、島さん!」 「そのための女装大会でもあったんだもん」  びっくりして声も出ない。それは青も同じようで、さっきまで少しナーバスになって、怒りっぽくなっていた表情がすっかりいつもの甘くてふわりとした表情に変わる。 「一年女子で、可愛いけど、ちょっと性格悪そうなのが深見に告るって聞いてたんだぁ。だから、何かしら一波乱あるかもって思って、予防線しかけておいたの。当たったね」  そんな、爽やかに……ビンゴゲームじゃないんだから。 「だって、あれ、ジャンケンで」 「うん。でも、宇野君が勝っても負けても、女装させるつもりだったし。まぁ、深見の執念? で、宇野君が負けてちょうどよくなったけどね。予防線だから、そんなことにならなかったら、それはそれで私はメイク練習できるし、目が潤うし、楽しいし。だからね、あの子が何を言っても、無理だと思うよ」  男同士でも男女でも、好きは同じ。そう思って、俺たちを迎え入れてくれる人がいる。もちろん、それを拒絶する人だっているだろうけれど、冷やかす人もいるだろうけれど。だからこそ、俺たちはも言いふらすことはないけれど。でも、少なくとも、受け入れて、俺たちと一緒に守ってくれる人がいる。 「まぁ、チューしてたら、無理かもだけど」  この「好き」を守るのを手伝ってくれる人がいる。 「それなら、深見も別にかまわないでしょ? 相手は変わらず宇野君なんだから」  キャラメル色の髪が揺れる。青が頷いて、それを確認した島さんが笑ってる。 「んで、まぁ、そっちはどうにかなると思うんだけど、あれ……どうする?」  あれ? あれって、何? そう俺たちが首を傾げる。俺たちは窓の方に向かって座っていた。島さんは向かい合わせに座っているから、ずっと教室出入り口の扉のところが視界の端に写っているはず。その島さんが、俺たちを通り越して、背後にある扉を指差した。 「……げ」  そこには、益田がいた。益田が、教室の扉のところから顔半分だけ出してこっちを見てた。周りがドン引きで驚いているのも構わず、こっそりなんて少しもしてない覗き見をしている。 「し、島さん、こっちの予防線は?」  益田がじとおおおっとした視線で青を睨んでいるのが、めちゃくちゃ怖い。しかもちょっとだけ、目尻に涙すら浮かべてるし。何、その、羨ましい、妬ましい視線。 「ごめん。あっちは予防線張るどころか想定外すぎてます」 「俺、ちょっと行ってくる」 「は? 青?」  言ってくるって何を? 島さん! なんか、あれ、どうするの? 青がゴリラと対決しに行っちゃったじゃん。っていうか、青に「あれは元クラスメイトのみつなんだぞ!」ってバラされるのも男のメンツみたいなものが危ぶまれるし、それにあの一年女子にバレるのダメなんだけど、あぁ、でも女装した俺だぞって知られないままに益田に好かれてるのは絶対に、嫌だし。何が何でも嫌だし。ど、どうしたら。ちょっと、島さん! そんな原っちのところに避難しないでよ。ねぇってば。 「益田! うーちゃんは俺のだ!」  うーちゃんって……誰! 青! それ、誰! まさか、とは思うけど、宇野だから、うーちゃん、じゃないよね。 「益田には譲らない!」 「!」  譲るも何もない。まず、もうその、う、うーちゃんっていうもの自体が存在していない。この世に。 「くっそおおおおお! お前より良い男になってやる!」  でも、そんなことは知りもしない益田は半泣きで叫びながら走って行った。走って行ったって言っても数メートル。隣にある自分の教室に駆け込んで、大騒ぎして、怒られてるまでの一部始終がうちの教室にまで届いてきていた。

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