99 / 123

第99話 手を繋ごう

「おはよう」  朝、家を出たら青が待っていてくれた。普通に商店街の歩道のガードレールのとこに座って、玄関が開いたのと同時に顔を上げて、俺を見つけ、笑ってくれる。いつもどおり、隣に並んで、歩いてくれる。 「益田、今日も半分だけ顔出して、みつのこと覗いてたりして」 「えー、もういいよ。怖い。笑うし」 「一目惚れだったんだって」 「いいってば」 「ライバル出現」 「だから、違うってば」  クスクス笑いながら、なんか呑気な冬の朝だ。  あの後、俺と青の噂は一つも耳にしなかった。噂になったのは青の彼女が他校の生徒で黒髪でショートカットの子っていうこと。  最近、ずっと青は告白される度に「好きな人がいる」といって断っていた。指にはシンプルな指輪もしている。青の彼女は誰なんだって、皆が知りたがっていた。言った本人は全く動じることなく普通にしてるから、すぐにでも誰だかわかりそうなのに、ちっともわからない。もしかして、嘘なんじゃ、何か大事なことをカモフラージュしてるんじゃないかって。その噂を耳にした、ちょうどいいと島さんがこっそり張り巡らせてくれた予防線だった。なんでか、益田も引っかかってくれたけど。  だから、あの子はきっと今、すごく悲しくて、情けなくて、苛立っていると思う。 「青、少し、今日は遅刻でもいい?」 「……うん。いいよ」  学校の前じゃ目立つから。少し離れたところで、けれど、学校へ向かう生徒が見える場所で、待ってた。 「来た……」  見つけた。 「ごめん、少しだけ、時間ある?」  声をかけると彼女は振り返って、そして、俺たちを刺すように睨んでた。  青に告白をして、俺たちのことを「無理」だと言った一年生、昨日、俺たちのことを言いふらそうとしたけれど、その前に広がった青の彼女の存在に悔しい思いをしたと、表情を険しくさせる。 「……なんですか?」  その声はとても冷たくて、真冬の朝よりも寒そうだった。視線には嫌悪すら混じっているように感じられた。俺はそれでもいいけれど、青にはそんな冷たくて針みたいに突き刺さる視線を向けないでほしい。青には、ほんの少しだって痛い思いを。 「あの、青と俺はっ」 「好きな人がいる。その人以外を好きになることは絶対にない。その人と付き合ってます。だから、ごめんなさい」  俺の言葉を遮って、青が、おととい、おばあちゃんと話した時みたいに真っ直ぐ、彼女へ話しかけた。きっと、今の言葉は彼女が青に告白した時の言葉そのままなんだと思う。彼女はそれを聞いて傷つくんでも悲しいんでもなくて、ただ、青のその言葉を無視したいって睨みつけてた。でも、彼女にだけ向けられる言葉は無視できないくらい、真っ直ぐ目の前へと届けられる。  真剣な横顔だった。笑ってはぐらかすことも、茶化すこともできないくらい、真剣で、静かな横顔。いつもの青じゃないみたいだ。ずっと青をこうして見つめてる俺もそう思った。青と仲良くなれて、部活の帰りを待ってくれていた時、夜空を見上げた青の横顔、カラオケで騒いでる時の楽しそうな横顔とも、ランドでふたりしてキスのことで考えて悩んで、どうしようってなってた時とも違う。花火大会で中原さんから俺をさらってくれた時よりももっとカッコよくなった。青を好きになってからのどの瞬間よりも、もっとカッコよくて、もっと見惚れてしまう横顔。  ずっと見てたら、青がこっちを見た。俺はドキッとしてしまって、言葉がひとつ残らず頭の中から消えていく。彼女だけじゃない、行き交う人たちがたくさんいるここで手に手を重ねられて、言葉が消えた。「青、ここ、外だよ」って注意することも忘れる。俺たちのことを知らない人がたくさんいるんだ。男同士で手を繋いでたりしたら。 「その、好きな人はみつです」  青の声に、言葉に、心臓が踊り出す。繋いだ手を見て、彼女が目を見開いた。 「だから……」  眉間に皺を寄せ、俺と青が繋いだ手を見つめてる、表情を険しく歪ませる。 「だから、無理だよ」  彼女の表情が青の放った二文字に変わった。 「君のことを好きになることも、付き合うことも、全部、絶対に無理。それと……」  青が、繋いだ手に力を込めた。 「みつをこれ以上苦しめるようなことを、泣かせるようなことを言うのなら、覚悟しておいて」 「あ、お……?」 「俺、みつ以外にはけっこう容赦ないから」 「青!」  相手は女子でしかも一年生で、容赦ないからとかそんなこと言ったら、青が悪者に。 「男同士でなんて! おかしいよっ! 何それ! 深見先輩はそんな男なんかよりも、女子のっ」  女子のほうが俺より小さくて、きっと青の腕にすっぽり入ってしまう。並んだらとてもバランスが取れるのかもしれない。俺は青の隣にいても全然。  ――うちの可愛い孫なんだ。泣かせたら承知しないよ。クビどころの騒ぎじゃない。  でも、おばあちゃんが認めてくれた。あんなに厳しくて、青にきつくあたってた人が俺たちのことを認めてくれた。  島さんも手伝って、助けてくれる。 「君のほうがたしかに、青の隣に並んだらきっとお似合いだと、俺も思うよ」 「みつっ! そんなのは!」  聞いて? 違うんだ。彼女は小さくて可愛くて、女の子で、青に包まれたら、それはそれは絵になるだろう。その肩は青に守られるために華奢なんだ。そのサラサラな髪は青に撫でてもらうのにちょうどいい。柔らかくて小さな君は青に守られるお姫様みたい。 「でも、青が隣にいてほしいと思ってくれたのは、俺なんだ」  俺はお姫様じゃない。でも、青の肩を抱き締めて、守ってあげる。青の足の代わりにおんぶして、歩いてあげる。 「俺の隣にいて欲しいのも、青なんだ」  君みたいにはなれない。女子にはなれっこない。でも、男の俺のにしかできないことがある。俺だから大事にしてあげたいと思っている。 「だから、ごめんなさい。どんなふうに言われても、見られても、何をされてもここは譲れません」  好きな人を欲しいと思う気持ちがよくわかるから、だから、彼女に頭を下げた、青のことはどんなことをしても譲れない。君が、どんなことをしてでも、惨めな気持ちになって、くしゃくしゃに泣きたくなるとわかっていても、邪魔したいと思ったのも、俺と同じ「好き」を抱えているから。  色があるわけでもない。形になって掴めるわけでもない。  でも、それぞれが「好き」をこの手に握っている。 「ごめんなさい」  そして、その好きが真剣で本気だからこそ、どんなに惨めになっても、この手を離さないんだ。  

ともだちにシェアしよう!