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第100話 メリークリスマス

 クリスマス、恋人たちはデートして、ツリー見て、微笑みあって。家族で過ごす人たちはご馳走食べてプレゼント交換して、ケーキ食べて、ロウソクは……誕生日だから違うか。 「おかあさーん! 俺、青んとこ、手伝いに行ってきます」 「充! おにぎり持ったの?」  そして、ケーキ屋さんは一年で一番忙しい日。それが、クリスマス。 「うん。持った」  三人分、ではなく、ちゃっかり自分の分も作ってしまったおにぎりを持って、玄関を飛び出した。 「さむっ」  開店二時間前。まだキンと冷えた朝の空気に、少しだけ肩を竦めて、ひとつ息を吐く。ふわっと広がる白をたしかめてから、道を挟んだ斜め向かいの「FUKAMI」へと走る。  シャッターは下りてるけれど、きっと中ではすごい忙しさなんだろう。  あの子は、青の家に俺たちの写真を送りつけることはしなかった。だから、青のおじさんおばさんは俺たちのことを知らない。もし、知られていたらどうなってたかはわからないけれど、いつか、話せたらいいなぁって思う。 「お、おはよーございます!」  鍵は開いてる。ピンポンされても返事できないし、出迎える時間ないかもしれないから、そのまま勝手に上がっちゃって。って、言われたけどさ。青と付き合って八ヶ月、その間に数え切れないくらい、あがったけどさ。でも、勝手にっていうのはやっぱりドキドキする。  今日の俺は和菓子の宇野屋の息子じゃない。 「あら! みっちゃん! 来てくれたの? ありがとー!」 「お、おはようございます。あの、おにぎりを作ってきたんです」  今日は洋菓子屋「FUKAMI」のお手伝い役だ。 「みつが作ったの?」  あ、青の格好めっちゃカッコいい。パティシエっぽい。 「うん。朝ごはん食べてる時間も作る時間もないかなって」 「うわぁ、ありがと! いただくわ! ちょうどお腹空いてたの! あとでパンケーキでも焼こうかと思ったんだけど。おにぎりすごく嬉しい! お父さん! みっちゃんのおにぎりいただきましょ!」 「あ、あの、俺も食べてもいいですか?」  まだ、何も手伝ってないのに、おにぎり食べるのか? って感じだけど。 「当たり前じゃない! 一緒に食べられるなんて嬉しいもの」  お母さんのこういうとこ、青そっくりだ。今日は格好も同じだから、なんか不思議な感じがする。  おかかに、シャケに、昆布、梅干のはふたつ作った。それと、シーチキンマヨのは俺と青の分って感じかなって。ふりかけのもひとつある。どれだどれだかわかるように、シーチキンマヨ以外は全部三角のてっぺんに具がちょっとだけ乗っている。そしたら食べたい具を推測する必要なんてないから。 「青、どうぞ」 「ありがと」 「まだあったかいよ。さっき握ったばっかだから」 「マジで? めっちゃ嬉しい」  あったかいご飯のほうがいいかなぁって。だからこそ、自分の朝ごはんを食べる時間なくて、ここで一緒に食べられる理由にもなるかもなんてことも考えた。 「うわ! すっごい」  青が厨房の端に座り、シーチキンマヨをぱくりと食べて、頬をピンク色に染める。輝いた表情を見ただけで照れてしまう。 「美味しい!」 「ありがと。具、色々だからお母さんたちと選んで食べなよ」  言う前から、もう美味しいって顔をしてくれる青が好きだ。一緒にご飯食べたくなる。作りたいなぁって思うんだ。おにぎりだけじゃなくて、青のほうが料理上手なんだけど、ご飯作りたいなぁって。 「ホント、みっちゃんのおにぎり美味しいわ!」 「あ、ありがとうございます」 「あ、青葉、みっちゃんにお茶、持ってきてあげて」 「はーい」  青がスクッと立ち上がり、自宅のほうへと歩いていく。そして、おばさんとふたりっきり。おじさんは今、ケーキのデコレーションをしているから、作業を途切れさせることができない。  おばさんが選んだのはシャケ。昆布はおじさんが好きだから取っておいてもいい? って訊かれ、ぜひぜひって手渡した。青と同じ表情で食べてくれてた。それがすごく嬉しくて、胸のところがくすぐったい。でも、今、ここでニヤニヤすると、ひとりで思い出し笑いしてるみたい見えそうだから、おにぎりを口に入れてごまかした。 「ホント、うちのお嫁さんに来てほしいくらいよ」  え? って、なって、ポカンとして、顔を上げる。今、おばさん……今、さ。 「ごちそうさまでした。ふたりはゆっくり食べててね」  今、お嫁さんって……言った。 「さ! 今日は稼がないと! みっちゃんも食べ終わったら、手伝ってもらうからねー! コキ使うから覚悟してね!」  今、お嫁に来てほしいくらいって、言った。  あの子は、青の家に俺たちの写真を送りつけることはしなかった。だから、青のおじさんおばさんは俺たちのことを知らない。 「みつ、お茶」 「……」  もし、知られていたらどうなってたかはわからないけれど、いつか、話せたらいいなぁって……そう、思った。 「みつ?」 「……っ」  いつか打ち明けて、そして、認めてもらえたらいいなぁって。 「なんでもない! ケーキ! 頑張って作ろう!」 「え? 俺、まだおにぎり食べたい!」  いつか、青のことを世界一大事にしますって、おじさんおばさんに言えたらって願ってる。 「もう、そんなにむくれることないだろ」 「……」 「青ってば」  せっかくのクリスマスなのに口をへの字に曲げたまま。稼ぎ時だから、いつもよりも閉店が一時間遅い八時。で、お店を閉めて、片付けマッハでして、せっかく――デートなのに。こんなにクリスマスツリーが綺麗なのに。金色のボールがたくさんぶらさって、キラキラと光り輝く大きなツリー。近くに行くと星が踊っているみたいに輝いている。 「あーお」 「むくれてるんじゃなくて! 危機感を募らせてるんだって!」 「なんの?」 「みつの! みつが取れちゃうんじゃないかって! みつを、あの子、絶対に好きだったから」  何、その、みつ三段活用みたいになってるの。って、突っ込んだら、そのへの字の唇はどうなるんだろう。  閉店ちょっと前のできごと。店頭販売のほうが寒くてしんどいから、俺は率先して外に出てた。あと数個で売り切れってところで、女の子がふたりやってきて、ブッシュノエルをひとつその子たちが注文して。 ――あの、卒業された後、和菓子買いに行きます。応援してます。  そう言ってくれた。頬と鼻先真っ赤にして、顔の半分くらいマフラーの中に埋めて、ぺこりと頭を下げると髪が跳ねるように揺れてた。 「っぷ。ないない。俺だよ?」 「あるんだって! みつ、知らないの? ねぇねぇ、ホント、自覚して! マジで自覚持って! みつはね!」 「あ、すごい。青、見て」  そんなんじゃないよ。きっと。もし、たとえそうだとしても、俺は青のことしか見てないから、わからないんだ。  ふたりでクリスマスデート。きっと毎年、俺たちがクリスマスデートをするとしたら、時間が遅くて、イルミネーションを眺めるくらいしかできないだろうけれど。 「綺麗だなぁ。クリスマスツリー」  でも、俺は充分嬉しい。 「みつのほうが、綺麗、だよ」 「……」 「これも、マジだからね。信じてよね」 「……うん」  青のほうがよっぽどなんだけどな。綺麗で可愛くてカッコよくて、横から誰かにさらわれてしまうかもって心配は俺のほうがたくさんしてるんだ。青こそ、信じてよね。君がどれだけ素敵なのかを。 「じゃあ、さっきの子、みつのこと好きなのも信じてよね」 「……ううん」 「ちょ! そこ! 最重要だってば!」  はいはいって笑って、そして、ツリーを見上げた。 「青とすごす初めてのクリスマスだ」 「初めてじゃないよ! もう五回やってます」  それ、保育園のじゃん。そこカウントする? ゼロ歳から五歳までのって、クリスマスデートに入らないと思うんだけど。 「年長のクリスマス会の時、どうしてもみつの隣がよくて我儘言ったんだ。ここがいいー! って駄々捏ねて」 「……」 「隣に座って、ケーキ食べたの、めちゃくちゃ嬉しかった」  俺は、今、めちゃくちゃ嬉しくて、胸のところが苦しいよ。青のくれる好きがたまらなく温かくて、気持ち良くて、蕩けそう。 「寒くなってきたね。みつ、疲れたでしょ? 今日一日中手伝ってたもんね」  青が駅のほうへと歩いて行ってしまう。帰るの? その帰るっていうのは、それぞれの家に? それとも、どっちかの部屋に? 「青っ! 帰るって、その」 「クリスマスだから、我慢、します」  青のうちはもちろんおじさんたちがいて、うちももう寝る準備はしてるだろうけど、家に家族がいて。場所がないから、今日はそういうの、我慢、するって、青が笑った。わかってる。親いたらさ……けど、でも、もう少し一緒にいたい。そんな気持ちが俺の腕を動かして、青を引き止めようとした時、ポケットの中のスマホが、ブブブ、ってこっそり俺を呼んだ。  びっくりした。  おばあちゃんから、メールが来てたから。 「あっ! あの、青」  青のダウンをぎゅっと握り締めて少しだけ引っ張ったんだ。帰るんじゃなくて、招くために。 「あの、今日、クリスマスだから、うちの親、ディナー食べてくるって。おばあちゃんもなんか、どっかのホテルで夕飯ブッフェだって。だからっ!」 「……」 「だから、おいでよ」  そう呟いて、もこもこしたダウンじゃわかりにくいかもって、もう一度、さっきよりも強く腕を引っ張ったんだ。

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