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柏餅入あおみつ編 1 お財布落とした演劇部はマネージャーに叱られた。

 どうしよう。 「……」  どうしましょう。 「……っ」  な、なんか。 「…………」  なんか、窓にへばりついてる。  窓に。  怖い。  すごく怖い。  変質者? でも、あんなに堂々とガラス窓にへばりつく? つかないよね? 店はガラス窓、というか前面ガラス張りになっていて中の、店の様子がよく見えるようになっている。そのほうが安心して気軽にお店に入ってこれるし。  今、そのガラス窓に頭の天辺からつま先まで見える謎の男性が、そこにへばりついていて、とても、とっても……怖い。  変質者って、こんな真っ昼間のお昼時にこんな商店街の通りにはいないよね? いたとしても、あんな丸見えの場所で、あやしい行動取らないよね? それに、何より、他の人がお店に入れない、から。  何かされたら百十番。  何か言われても百十番。 「あ……あの……」  何か。 「ど、どうか、しま……し……た」 「お腹が」 「え?」 「減った……」  何か……変質者が……泣いちゃった。 「いやぁ、本当にすみません。お財布失くしちゃって、それに道にも迷っちゃって」 「は、はぁ」 「それにこれ、めっちゃ美味しいですねぇ、あおみつ? っていうんですか?」 「はい。お餅、白玉が入ってるので、少しくらいはお腹が膨れるかなって」  普通は白とよもぎ、二色を三つずつくらいかな。二つっていう方もいらっしゃるけど。でも、今回はお腹がとても空いてるみたいだから、二色を五つずつ入れてみた。 「めっちゃ幸せです」 「それはよかったです」 「これ、中に黒蜜? が入ってるんだ。餡子とクリームもめっちゃ合う」 「ありがとうございます」 「今までグルメ系もよく出たことあるけど、これ、一番美味いなぁ」  グルメ系……なんか、ご飯とか好きな人なのかな。それともそういう仕事の人? だからあんなにお腹が空いてた、とか? 食べるの大好き、みたいな。 「マネージャーに見つかったら、後で怒られるかなぁ」  マネージャー…………部活、とか? でも、大人に見えるけど。  かっこいい人だ。青の次くらいに。店の中には食べる場所がないから、外の、さっきこの人がしがみついていたガラス窓じゃなくて反対側にある竹で作ったベンチに腰を下ろし、長い足を放り出すように最後のよもぎ団子を口に放り込んだ。 「クレープ生地に包んでるんだ」 「はい」 「最後まで美味しい」 「あ、ありがとうございます」 「……」  お礼を言うと、微笑まれた。「フッ……」って笑ってる。 「ごめんね。今、俺、手持ちがないんだ」 「あ、いえ、どうかお気遣いなく」 「そういうわけにもいかないでしょ? また来るよ」 「あ、ありがとうござい、ます」  低い声で、なんか、あの、学芸会の時とかみたいにセリフ調で話すのが面白い人だなぁって。 「とりあえず、サインとかする?」 「へ?」  サイン? なんで? 小切手みたいな? それとも、今度必ずお支払いします的は誓約書とか? 「そ、そんな、大丈夫です。ご丁寧にありがとうございます。そんな、安価なものなので、お気遣いなくで構いません」 「……そう?」  あ、あれだ、ラジオDJの人みたい。声が。ほら、あの「どやぁっ」って感じの、声。 「素敵な店だね」 「ありがとうございます」 「お店は一人で?」 「あ、いえ、普段は二人で営んでます。今、そのもう一人はちょっと向こうの、ケーキ屋の方に手伝いに行ってて。ちょうど、子どもの日でケーキがたくさん出回るので」 「あぁ、なるほど」  ほら、やっぱりラジオDJみたい。 「それなら君のところも」 「うちは殺到しちゃうと思って、予約をあらかじめ取っておいたので」  柏餅。それから、あおみつもテイクアウトの注文がたくさん来てた。 「今、貴方が食べたのは普通のあおみつなんですけど、今日は特別仕様で、子どもの日バージョンを作ったんです」 「へぇ」 「柏餅も白玉みたいにして。なので、三色」 「それは素晴らしい」 「はぁ」  なんか、学芸会に出てる人みたい。さっきガラス窓にへばりついてた時はもっと普通の人そうだったんだけど。 「今度は食べに来たいな……」 「あ、ごめんなさい。柏餅入りのは今日限定なんです。少し作業増えちゃうから、そう持続は難しくて」 「なるほど。それはとても残念だ」  あ、でもあれにも似てる。先日、うちのワイフが……みたいな話をし始める外国人の人。いない? そういう人。なんというかお洒落なさ、外国人の会話っていうか語りっていうか、そういうのにも口調が似てる。 「食べて……みたかったな……」  そんなに食べたかったのかな。  目を細めて、溜め息までついてる。 「はぁ」  よっぽどお腹が空いてたのかも。 「ごめんなさい。柏餅は切らしちゃって、あ、モナカとか食べます?」 「そんな、代金支払えないから申し訳ない」 「あ、そうですね」  無一文の部活をしている人だった。マネージャーさんが迎えにくるのかな。マネージャーさんはいろいろ仕事があるから忙しいだろうな。 「じゃあ、また、あおみつの代金を支払いに来るよ」 「あ、いえ、お構いなく」 「そんな……そういうわけにもいかないだろ?」 「はぁ」  あ、わかった。学芸会じゃなくて、演劇部とか? 見た目大人だけど、大人びた高校生で、演劇部で、それでお金がなくなっちゃって。なるほど。マネージャーに叱られよね。 「あ、あの、色々大変かもしれないけれど、頑張ってくださいね」 「……あぁ、ありがとう」  髪かき上げて、そんなカッコつけて。でも、カッコいいけど。そりゃそうだよね。演劇部なんだもん。かっこいいなぁって人もいるでしょ。お財布落っことした悲劇の人だけれど。 「それじゃ」 「あ、はい」  お財布、交番に届いてますように。 「また」 「はぁ」  マネージャーに叱られませんように。  そう願いながら、ひらりと手を降るその演劇部の人にお辞儀をした。

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