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柏餅入あおみつ編 2 彼の正体

 今も洋菓子『FUKAMI』は青のお父さんたちが変わらず営んでる。うちの和菓子屋、宇野屋は俺と青がメインで。うちの両親は裏方っていうか、帳簿とかそういうのをつけるのを俺たちにのんびり教えながら、のんびりリタイヤ後に住む場所を探してる。店を完全に任せてもいいってなったら、すぐにおばあちゃんと一緒に田舎に引っ越すんだって、楽しそうに話してた。自然が多くて、大きめの庭があったら最高。和菓子屋を営んでるから絶対に無理と諦めていた憧れの大型犬を飼って、畑とかもしてみたいって言ってた。そっちで小さなレストランを気ままにするのもいいかもしれないって。自家製野菜を使ったサラダを出してみたり、犬を連れて入ることのできるレストランにしたらいいって。  青のお父さんたちはお店を畳んだら、そこを改築して、のんびり過ごそうかなって言ってる。たまに、あおみつ食べて、のんびり。生まれも育ちもここだから、同級生たちとゆっくり過ごしたいんだって。 『FUKAMI』を閉めさせてしまうことに罪悪感はあるよ。  だって、青のお父さんたちが頑張って続けてきた洋菓子屋だもの。申し訳ないって、そりゃ思う。  色んなところにさ、俺たちの選んだ道のせいで罪悪感を感じることがある。お店もそう、家族のことも、そう。  高校の文化祭の時、女子の格好をした。なかなかに評判良かったんだ。誰にも俺だってバレなかったし。  あのまま、本当に女子になれたら、青は――。 「ただーいまー」 「! お、おかえり」 「……へへ」  飛び込むように帰ってきた青に、パッと顔を上げると、青がじっとこっちを見てから、くしゃりと笑った。 「青?」 「あー、いや、なんか、ちょっと嬉しくて」 「?」 「おかえりってさ、みつに言ってもらえるのが」  今、それぞれに実家暮らしをしてる。青はお店が終わると実家へ。俺はこのままここで。でもいつかは、もしも、うちの親が引っ越しをしたら、青はこっちに越して来たいって話してた。  俺たちのことは、もうそれぞれの親に話してる。  それぞれの親に将来二人で、店をやっていきたいって、話すためには、そこを打ち明けないわけにはいかないから。 「お疲れ様」 「本当疲れた。いや、だって、うちの親、ほぼ俺にやらせるんだもん。修行だって言ってさ。二人で店をやってくってなれば、これを二人でこなしてくのよってさ、おい、今、俺一人で洋菓子作りまくってますけどーって思った」 「……そっか」 「みつ?」  ほら、まただ。  お店、継いで欲しいんだろうなって。だってさ、俺はしょっちゅうあのお店でお菓子をいただいてた。俺、『FUKAMI』のプリン大好きだもん。だから。 「俺らが、二人で店をやってくための修行だよ」 「!」  青はなんだってお見通しなんだ。  俺の鼻を摘んで、今、思ったことを、呼吸と一緒に一旦止めて、一旦、リセット。 「みつは真面目だからなぁ」 「……」 「俺、超能天気。うちの親に似て」 「……」 「ね?」 「!」  手をパッと離した、と思ったら、軽く触れるだけのキスをくれた。まだ、お店は閉めたわけじゃないのに。お客さんが来たらどうすんのって、慌てる俺にまたくしゃりと笑って、店仕舞いの準備を始めた。すごく能天気そうに、鼻歌混じりに。だから、そんなに考え込まなくて大丈夫だよと言うように。 「っていうかさ、みつのほうこそ大丈夫だった? 店一人で」 「俺は、全然。うちはお客さんたくさんになるかもって見越して予約して、あらかじめ用意してたじゃん。だから……青?」  俺もそろそろ閉店に取り掛からないとって、レジ締めの準備をしようと振り返ったら、半泣き顔をした青がいて、びっくりした。 「ど、どうしたの?」 「だって、そんな、もう少し、俺がいないと寂しかったとかさ。悲しかったとかさ。俺がいないとやっぱしんどいから、もっとずっと一緒にいようとかさ」 「っぷ、何それ」 「あー! ひど! そこで笑う?」 「だって」  だってさ。 「二人でお店をやってくための修行って思えば、でしょ?」  お返しにキスをした。  びっくりした? って、今度は俺も笑って。今日も俺たちの和菓子をたくさんの人に買ってもらえたって、売上のお金の計算を始める。ずっと、これはうちの親がしてたんだけど、今週からは売り上げ管理も俺たちが任されてるんだ。一番大事なのは美味しい和菓子を作ること。でも、お店をしっかり続けていくには、これも大事。お金のこと。 「あ、けど、面白いお客さんが来たよ」 「お客さん? 面白い?」 「うん。そこのさ、窓ガラスのところにへばりついてて、じいいいいってこっちを見て」 「んな、何それ、危ないじゃん! みつのファ、」  ファン、だなんて、そんなわけあるかって、ペチンって、青のおでこにデコピンした。ファンなんているわけないだろ。青じゃないんだから。 「えー、けど、怪しいじゃん。どんな人」 「なんかお財布落としちゃったらしくてさ、それで、マネージャーさんがどうのって言ってたから、部活なのかな」 「マネージャー……」 「演劇部っぽかった」 「演劇部……」 「それで、あ、ごめ、電話だ」  変、だよね? 説明するとなんかやっぱり変な人で、青もそう思ったのか、説明から作り上げたイメージを脳内で浮かべて首を傾げてる。 「はい。ありがとうございます。宇野屋です」  でも、確かに少し変な人だったんだ。  こんなどこにでもありそうな商店街には似つかわしくないイケメンで、少し派手で、少しオシャレすぎててさ。 「………………え?」  一体、どんな演劇部なんだろうって。グルメ系って言ってたけど、何がグルメ系なんだろうと。 「みつ? どうかした?」 『突然申し訳ございません。どうか、お話だけでも聞いていただけないかと』  お財布落として、迷子っぽかった彼はマネージャーに怒られたらって心配してた。 『そちらのお店を、撮影に使わせていただけないでしょうか』  それから、今は手持ちがないから、代わりにサインでもしましょうかってさ。 『出演者である、主演俳優の、シュウが是非にと、宇野屋さんを推してまして」 「え? ええええええええ?」  そう言ってたんだ。

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