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柏餅入あおみつ編 3 推してまして

「ほ、本当だ……」  今、人気急上昇中の若手俳優シュウ。 「今日、来た人だ」  びっくりした。あの変な人は芸能人だったのか。どうりで、なるほど。確かにこの辺では浮くようなイケメンだとは思ったけど。 「へぇ…………すごい、今、大注目なんだって」  モデル出身かぁ。 「俺、全然わからなかったよ。なるほど、だからサインって言ってたのか。俺、てっきり普通に名前を書くとかなのかと思ったよ。なるほどねぇ、マネージャーって部活のマネージャーじゃなかったのかぁ」  テレビなんてほとんど見ないから知らなかった。すごいテレビに出てるんだって。食べるのが大好きで、食べ歩きの本も出してるんだそうです。モデルで体型もすらっとしてて、でも食べるの大好きだから、食べて痩せる体型改善本なんかも出してるんだって。色々すごい人っているんだなぁ。 「そっかぁ」  ぼんやりとテレビの中にいる、今日、昼間に遭遇した変な人を眺めてた。  さっき電話があった。このシュウ、さん? が今、撮影するドラマのスタッフさんから、ちょうどいいロケ場所を見つけたからって言われたと。シュウさんが和菓子屋の息子で、それで、ちょうど向かいにある洋菓子屋の幼馴染の女の子と恋をするお話。『スイートロミジュリいかがですか?』っていうタイトルなんだってさ。まさかの俺たちみたいなシチュのドラマで笑いそうになっちゃった。  その撮影にと決まっていた和菓子屋さんが突然の廃業になっちゃったそうで。撮影現場を探してた。洋菓子屋さんはちゃんとあるんだけど、そこはその潰れちゃった和菓子屋さんから移動しないといけないところで。そもそも撮影のために移動が多くなるし……って、悩んでたんだって。  そしたらここに、和菓子屋と洋菓子屋が向かい合わせ、って言っても実際には斜め前なんだけど、そこにあるから撮影もしやすい。  ――それに何より、主演のシュウさんが是非にとそちらを推してまして。我々としても、撮影の移動距離がなくなったりと、とてもありがたく。まずはメインとなる主演の店、和菓子、宇野屋さんに許可をいただいてから、洋菓子屋、FUKAMIさんにお伺いしようかと。本当にシュウさんが推してまして。私共、制作陣としても条件等を鑑みて、とてもいいと……えぇ、推してまして。  推してまして、くれるんだって。 「ねぇ、サインもらっておけば良かったね。ほら、よくあるじゃん、芸能人が訪れました、みたいにさ、お店にサインが飾られてるとこ。あ、でも撮影始まったら、いくらでも書いてもらえるか。それに、相手役の女の子の分もだから、二枚。しかも撮影に使われましたって言ってさ」 「……俺、断るから」 「え?」 「俺っ!  断るから!」 「青?」 「ぜえええええええ、ったいに、断るから!」  俺の部屋で大きな声でそう叫びながら、正座したまま、青が拳を高く空へと突き上げた。 「宇野屋がたとえオッケーだとしてもFUKAMI的に断るし! そうすれば、撮影条件一個なくなって、このお話はなかったことにって」 「でも、青のおばさんたちは絶対に乗るでしょ? FUKAMIは青、継いでないからおばさんたちが決めちゃうじゃん」 「ぐっ、じゃ、じゃあ、そういうの苦手そうな、みつのおばあちゃんにも協力してもらって」 「おばあちゃん、案外そういうのミーハーだよ? この前もイケメン演歌歌手さんのコンサートに推し団扇持って参加してたし」 「んはぁ!」  あ、何? 俺の部屋、銃弾でも飛び交ってるの? どっか撃たれた? 青が急に胸の辺りを抑えて、空高く掲げた拳を震わせながら、ラグの上に突っ伏し倒れた。ラグが、青のキャラメルみたいな色の髪に似てるなぁって思って選んだラグだったから、そこにそうして埋もれてると青の髪とラグの毛足が混ざっちゃう。 「あーお?」  顔を近づけると、青からかすかにバターの香りがした。今日は実家である「FUKAMI」に一日のうちほとんどいたから、ケーキみたいな匂いがしてる。とてもいい匂い。 「そうだった。みつは案外、そうだった」 「? 青」 「案外ミーハーだよね! 俺、すっごいよく覚えてる! 保育園の頃、すっごい美人の先生がいて、桜先生! その先生にみつはいっつも園庭でたんぽぽとかシロツメクサとかぺんぺん草とか貧乏草とか取ってあげてた!」 「えーそうだっけ? 覚えてない」 「俺は! 覚えてる!」  でも、なんか、覚えてないけど、その花束、微妙だね。たんぽぽって切った所から白い液体でるし、シロツメクサとかは、まぁいいけど、ぺんぺん草も貧乏草もそんなにいただいても嬉しそうなものじゃないじゃん。まず名前がさ、ぺんぺん、貧乏。 「みつは案外ミーハーで面食いだって、俺知ってるしいいいい!」 「そりゃ、そうでしょ」 「ああああ! 自分で認めた! ミーハーだって! クール系、おすましさんのフリして案外面食いのミーハーだって」 「だって、青、めちゃくちゃかっこいいじゃん」 「はぅあっ」  頬が苺ソースみたいに赤くなった。キャラメル色の髪をした君。 「青、世界一、かっこいいじゃん」 「なっ、何っ」 「だから、そんなヤキモチしないでいいってば」  美味しそうな君の唇にキスをした。 「みつ……」 「ね? 青」 「みつうううううう!」 「うわぁ!」  青がのしかかってきて、今度は俺がラグの上に沈み込む。 「なので、この撮影のお話は宇野屋として、受けます」 「ふぐっ」 「安心してよ」  そうかもね。面食いかも。だってさ、俺、青の顔、大好きだよ。 「俺は面食いで。青は世界一、かっこいいんだから」  それってつまり、青が俺の中のダントツ一番ってことでしょ? そう言って手を伸ばすと、青がその手を取って、美味しそうに俺の指にキスをした。

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