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柏餅入あおみつ編 4 何を言ってんだか。

 なんだかすごい大人気の芸能人の人、だった。芸能人の人っていう日本語変だけど。テレビに雑誌に引っ張りだこ。デビュー当時からずっと不動の抱かれたい男一位なんだって。  むしろ知らない人なんていないんじゃない。みたいな。  特に若者には。  でも、俺は知らなかった。若者のカテゴリーにまだ入れると思うんだけど。テレビ見ないし。  カッコいいとは思うけど。  俺は、青の方がカッコいいと思うし。  惚気るわけじゃないけど、青はただかっこいいだけじゃなくて、優しくて、俺に甘くて。  ――みつ、痛くない?  甘くて。  ――あっ、青っ、それ、ダメっ。  ――みつの中、トロトロ……すごいよ。俺の指、気持ちいいの?  ――っン、気持ち、いっ。  ――みつ……。  王子様みたいにカッコよくて。 「っ……はぁ……っ」  って、思い出しちゃったじゃん。  つい昨日の夜の青を思い出して、店の庭先にしゃがみ込んでしまった。 「もうっ」  庭の掃き掃除が終わったら青に言ってやろう。昨日の思い出しちゃったって。だって、なんかさ、ヤキモチした時の青ってちょっと意地悪で、ちょっと激しくて、ドキドキするんだ。いつもふわふわなシフォンケーキみたいに甘くて優しいのに。  昨夜の青はシナモンみたいに、少しスパイシーっていうか。  ――みつ、やらしい、自分から腰振ってる。  ――や、だって、青がっ。  ――俺がどうしたの? みつ。 「っ!」  って、だから! 今、庭掃除の真っ最中なんだから思い出さない! 店先でそんなこと思い出さないっ!  慌てて空を払って、頭の中の煩悩っていうか、昨日の青を追い出そうと。 「っぷ、何してるの?」  追い出そうと手をパタパタ動かしてたんだ。 「…………ぁ、シュウ」 「! 名前、俺の」  うわ、大人気俳優で抱かれたい男一位、えっと、デビュー当時からの一位で、それで、取材にも引っ張りだこで、食べ歩きの動画も大人気の増刷決定の、えっと。 「コーンニチハ!」 「!」  いきなり呼び捨てにしてしまった俺の前までぴょーんとジャンプして、ストンとそこにしゃがみ込んだ。そして、首をカクンと傾けて、かけていたサングラスを外すとにっこり笑う。  なるほど、そう言われてみれば、とても、うん、芸能人っぽい。このモンブランみたいな髪の色とか、飴細工みたいに耳からぶら下がるピアスとか。この辺の商店街では浮いちゃう、洗練された感じ? とか? 「今、何してるの?」 「あ、えっと、庭の掃除を。葉っぱが店の中まで入ってきちゃうから。あ、そうだ。あの、店を撮影に使うの、あの、ありがとうございます」 「あー、いえいえ」 「それと、すみません。さっきシュウって呼び捨てにしちゃった」 「……あははは、全然構わないよ。皆、俺のことシュウって呼び捨てだし」  あ、あと、サングラス。サングラスをしてるのも芸能人っぽい。それで一瞬わからなかったんだけど。でも、モンブラン色の髪はうちの宇野屋を訪れるお客様にはない色だから。 「今日は、あの……撮影前の下見? とかですか? えっと、一応、下見は明日のはずじゃ」 「あ、いやいや、これは完全プライベートで来たんだ。明日の下見は撮影スタッフがするんじゃないかな。俺は演者だからそういうのしないよ」 「そう、なんですね……」  明日、撮影に使えるか下見が行われることになってた。実際にカメラを回す時のスペースは確保できるのかどうかとか、周囲のこととか、色々見ないといけないんだって。 「それで、今日は、プライベートで和菓子を買いに来たんだ」 「え、あの、うちのですか?」 「そ、この前頂いたのがとっても美味しかったし。でも、子どもの日限定の柏餅あおみつはもうないって言ってたじゃん? でも、柏餅はあるのかなぁって。そしたら、あおみつも買って、食べれば、擬似子どもの日限定のあおみつ、みたいな?」 「っぷ、食べすぎな気が」 「いやいや、宇野屋さんの和菓子、めちゃくちゃ美味しいから」  ありがとうございますって頭を下げて、お客様をお待たせするわけにはいかないからとりあえず掃除は一旦中止して、そして店の中に案内した。シュウが今日はお財布持ってるからって笑って、本当にあおみつと柏餅を買って。 「あ、もしよかったら、そこ、竹のベンチのところで食べてください。おしぼりもあるんで」 「うわ、ありがとう」 「いえいえ。すみません。ほうきとか今片付けますね」 「ありがとうございます。じゃあ、早速いただきます」  シュウは先に柏餅をパクりと頬張った。 「うわぁ! めっちゃ美味しい!」 「ありがとうございます」 「こんなに甘いのに美味しい餡子って初めてかも」 「それ、青のお手製なんです。あ、青っていうのは一緒に和菓子を作ってる」  うーん、なんていうのがいいんだろう。従業員? いや、そうは俺が呼びたくないし。同級生? 友達? いや、ここは仕事場だから。じゃあ、家族? いやいや……なんていうか、まだ、そんな。 「青って……もしかして、今、そこの窓ガラスにへばりついてる人?」 「へ?」  青のことをなんて紹介しようかなって考えてたら、シュウが俺の背後を指差した。「ほら」って言って、振り返ったら。 「うわぁあ」  顔面をガラス窓にピッタリくっつけすぎて、ホラー映画でよくありそうなゾンビみたいになってる青がいた。 「もう、青、何してんの? そこ窓ガラス拭いたばっかりなんだよ? っていうか、青の餡子めちゃくちゃ美味しいって。シュウが」  青がゾンビになっちゃう前に駆け寄り、グルメ本を出しちゃうくらいのシュウも大絶賛だったと伝えた。だって、それこそ、グルメに詳しい食べ歩きの名人なんて、美味しいご飯食べて舌が肥えてるに決まってる。そんな人が美味しいっていうのだから。 「柏餅、美味しいって」  これはすごいことでしょ? グルメな舌が認めた和菓子だもの。 「えへへ、なんか自分のことみたいに嬉しい」 「……みつ」 「だって、青の和菓子は世界一だって思うし」 「イケメンと密会とか! 思って! ごめん! みつ!」 「いや、密会って店先だから」  もっと密やかにやるものでしょ。それに、そんなことをそもそもしないから。 「もう、青は……」 「みつ」  こっちは青のヤキモチひとつに嬉しくなっちゃうくらいなのに、何を。 「決めた!」 「シュウさん?」  何を。 「俺、シュウは君を口説くことにします!」  何を言ってんだか。 「みつちゃん! を、この撮影の間に口説き落とすことにします!」  何を、本当に言ってんだか。

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