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柏餅入あおみつ編 6 朝の八時です。
「今日と明日、宜しくね」
目の前には真っ赤な薔薇のお花畑…………みたいな、大きな大きな花束。
「……はぁ」
「みっちゃん」
「あの、シュウさん、これは」
今日の、朝、九時から撮影じゃなかったっけ? スタッフの皆さんが到着するのが九時で、撮影はその一時間後の十時から。今、八時です。さて、何時間早くに現場入りをしているのでしょうか。
「言ったでしょ? みっちゃんを口説き落とすって」
正解は二時間でした。
「それで、花、ですか?」
「え? ダメだった? おかしいな」
ちょっと早すぎじゃないでしょうか。
そして、何か古い、うちのお母さんたち世代の恋愛指南書でも参考にしてるのかな。花束、しかもすごく大きな、抱えきれないくらいの大きな、真っ赤な薔薇の花束なんて。男の俺に送っても。
「あの、それに、俺、男ですよ? その、この前、俺のことを口説く、みたいなこと言ってましたけど、俺、男だし。だから、あの、青とはただの」
「ああ、大丈夫、俺、そういうの気にしないよ?」
「いえ、あの、青とはそうじゃなくて、えっと、家族みたいに育って、それで」
「隠さなくていいのに。いいことじゃん。好きに性別ないでしょ」
シュウさんはにっこりと笑って、そう、言っていた。
「あれ? その君の……」
「あ、青ですか? 青なら、裏で、」
「ちょわあああああああ!」
「あ、なんだもう来て仕事してるんだね」
裏で和菓子作ってます。俺は、お店の掃除をしていたんです、って答えようと思ったら、ものすごく朝からご近所迷惑な青の叫び声が店中に響き渡った。
「油断も隙もない! っていうか、今日の九時からですよね? 来るの!」
「あぁ、それはスタッフね」
「そう! だから出演者の方々は十時って聞いてますけど!」
「少し早めに入っておこうかなってね」
「早すぎるでしょ!」
俺が思ってたことを強めのツッコミで言った青と、その隣に並ぶ人気急上昇の若手俳優のツーショット、しかも真っ赤な薔薇付きを、絵になるなぁって眺めてた。雑誌とかの「今、一押し男たち」みたいな感じでありそうだなぁって。片方は白の割烹着だけど。それでも絵になる。なっちゃうところがまたすごい。
「ちぇ……お邪魔虫が入っちゃった」
「ちょっ、だから違うって」
「あのね! お邪魔虫はそっちでしょ! っていうか、なんで俺が横恋慕キャラみたいになってるんですかっ」
「こら! 青も、何言って」
「だって、俺が口説くんだもん」
「いえ、あのシュウさん、だから口説くと言われても」
「ね、みっちゃん」
「みっちゃんって呼ぶなあああああ! みっちゃんは親しい人限定なんです!」
「ちょ、青!」
「でも、俺はこれから親しくなる予定です」
「なりません! みつは」
「あああああああ、おおおおおおおお!」
だから、朝の八時なんだってば。確かお隣さんに小さな子はいないから、起こしちゃったりはしてないと思うけど。
「みつ、ご近所迷惑になるから」
「あはは、みっちゃん元気だなぁ」
そうですね。俺が一番、うるさかったです。
「そうだよ、俺は和菓子屋なんて継がないっ
「で、でも、それじゃお父さん、お、母さん、ガ、コマッチャウデショ」
「和菓子は好きだよ! でも、そしたら、俺、お前と結婚できないじゃないか!
「そ、そそそそ、それホンキデイッテルの?」
「…………みっちゃん、めちゃくちゃ演技下手だね」
「ぐっ」
青は話をこんがらせるから、奥で待機させてる。ちょうど、奥でやっておいて欲しいことがあるんだって言ってたから、そっちをお願いした。じゃないと、また、ほら、横恋慕がどうのこうのって言い出すから。
「でも台本読み、手伝ってくれてありがとね」
「いえいえ……すみません、力不足で」
「そんなことないよー。一生懸命で可愛い」
「いえいえ。本当は青がお手伝いしたほうがいいんですけど。学芸会とか、目立つ役やってたから」
「へぇ」
その時はあまり話したりしない時期だったから、見てるだけだったけど。とても上手だった。青はいつも目立つ感じで、あのキャラメル色の髪がすごく、こう、キラキラって。
「みっちゃんは?」
「俺は……地味なんで。木の役とか? あとは町民その一みたいな」
そう、ちょうど、まだ、みっちゃんって呼ばれてた頃だ。
「そうなの?」
「俺は全然、地味ですから」
「えー、可愛いのに」
「男なんで嬉しくないです」
「っぷ、可愛い」
「だから」
きっとシュウさんは昔から青みたいにモテたんだろうし、目立ってたんだろうな。少しだけ、青に雰囲気が似てる。
「あ、じゃあ、次、ここお願いしてもいい?」
「あ、はい。どこですか?」
青もそうだけど、なんていうんだろう。余裕のある感じ? 飄々としているけど、しっかりしてるところもあって、誰にも好かれそうな、明るい。
「ここ、五行目のところから、いきます。……ずっと好きだったよ」
明るい感じのさ。
「お前のこと、本当に好きだったんだ」
「……」
演技をしている時、シュウさんは少し声が高くなる。高校生の役だから幼さを出すためなのかなって思う。演技しながら声も変えて、別人みたいで、すごいなぁってさ。
「好きだったよ」
けれど、その告白の声は低くかった。
「…………」
低くて。
「……ぁ」
「…………なんて、ちょっと本気出したんだけど。かっこよかった?」
まるで、演技じゃないみたいに真剣な声だった。
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