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柏餅入あおみつ編 7 フフ、なんて笑ってません。
青はそもそも考えすぎ。
あの、人気若手俳優のシュウが本当に俺のことを……なんてあるわけないじゃん。
それに……。
それに自慢じゃないけど、モテたことなんて今までの人生の中で一回もないんだからさ。告白だってされたことない。青はあるじゃん。知ってるんだ。高校の時、ちょっと距離があった時はさ、何度か耳に入ってきてた。深見青君がどこどこの女子に告白されてたって。バレンタインだってクリスマスだって、直前になると騒がしく、賑やかになる青の周辺。俺の方はといえば、普通です。至って、フツー。
だから、俺のことなんて心配いらない。
むしろ、こっちの方が――。
「えー、和菓子お好きなんですかぁ?」
「まぁ」
まぁってなんだよ。和菓子超好きじゃん。大好きじゃん。まぁ……フフッ……ってどこのクールキャラだよ。なんで笑ってるんだ。
「私も和菓子好きです! ほら、ケーキとかに比べたらカロリーとか少ないでしょ? だから、ダイエットしてる時のご褒美とかに、ってたまに買うんです」
「そうなんですか……」
そんなのうちの宇野屋特製餡子を作ってる時の砂糖の使用量見てから言ってくださいな! ダイエットしてる時のご褒美にしては、多すぎませんか? あの甘さを出すための砂糖の量なんてもんのすごおおいんですから!
それに、そうなんですか……フフッ……、っていうどこかのクールキャラめ! だからなんで笑うの!
そもそもモテてるのは青の方なんですよ。心配するならこっち。こっちがそっちを心配するの。
「えーっと、じゃあ、おすすめの和菓子はあります?」
「あお」
「あおみつが一押しです! でもダイエットされてるそうなので、もしかしたら不向きかもしれません! そして、撮影の邪魔をしてしまい失礼しました。何かありましたら、奥におりますのでお声掛けください!」
こっちが、そっちの心配してるんだってば!
シュウの相手役を務める、こちらはこちらでとても人気の若手女優さん。やっぱり元モデルで、胴がとても短い。つまりは足がとても長い。
そんな人気女優さんでも声かけて、ニコニコしちゃう、させちゃう青の手を掴んで、ぐいぐいってその場を離れた。実際、撮影の邪魔になるから、撮影が始まったらしばらくは奥に引っ込んで見学をしていないといけなんだ。たまたま、青が皆さんにお茶を出そうとうろうろしていただけで。そして彼女に捕まった。ただの一般人なのに、全然余裕で、若手女優さんを引っ掛けちゃうんだ。
「もう、青はお茶係禁止。俺が回るから。なんでそうモテるんだ……高校の時からそう。そのキャラメル色の髪のせいかな。とにかく、お茶は俺が配りますからっ……って、青聞いてる?」
手を引いてぐんぐん歩いて、俺たちはお店の奥、自宅スペースに引っ込んだ。お店があってその奥に厨房、そこから先が自宅。一階はリビングとキッチン。っていうほど洋式感ないんだけど。お茶の間と台所、お勝手、そんな感じなんだけど。青のうちは逆にめちゃくちゃ洋風なんだ。それが子どもの頃はケーキと同じくらい羨ましかったっけ。ケーキをたくさん食べるとセンスもケーキみたいに洋風になれるのかなってさ。
「青ってば」
「……えへ」
「……」
ほわほわに甘くて美味しいケーキ。それみたいに青がぐいぐい引っ張っていた俺の手を見て笑った。
「みつのヤキモチ、嬉しいなぁ」
「な! 何言っ」
「そんな心配しなくていいのにさぁ。向こうはただ和菓子トークしたかっただけだって。でも、俺ほど宇野屋の和菓子好きな奴いないから、絶対に途中からドン引くと思うし」
「そ、そんなのわからないだろっ、っていうか、ホント、一般人とか今のご時世関係ないから!」
今のご時世、お笑い芸人と女優さんとかの夫婦もありえるじゃん。だから、全然、ただの一般人だからって油断なんて。
「まぁ、昔はモテた……こともあったかもだけど」
ほら! だから!
「でも、俺全部断ってたし」
「……」
「好きな人がいます、ごめんなさいって」
その好きな人っていうのは。
「島さんに一途だなぁってよくからかわれてたくらい。みつがずっと好きだったんだから」
「……も、もったいない」
「うん。もったいないよ」
「!」
「俺にはみつはもったいない」
「……」
「いつもそう思ってる。信じられないなぁってたまに思うんだ」
宇野屋で和菓子を作ってる時。二人でお店の支度をする時。コトコト餡子を煮詰めてる時。出来立ての和菓子を並べて店先に運んでいる時。二人でお店の閉店片付けをしている時。
「あの宇野屋で働けて、みつと一緒にいられて、嘘みたいだなぁって」
「……」
「思う時あるよ?」
「ぅ、嘘だったら困る……」
「うん。俺も、嘘だったらめっちゃ困る」
「っぷ」
なんだろう。困るって笑う青が可愛くて、愛しくて、吹き出してしまった。だって、さっき、若手人気女優の女の子に「まぁ、フフ、そうなんですか、フフ」って少し嬉しそうに笑って、でもそれを隠すみたいにクールキャラ装っていた青と全然違う。
「ヤキモチも、嘘みたい……嬉しい……」
キャラメルシフォンケーキみたいにふわふわで甘くて、美味しい――。
「……みつ」
「青……」
美味しい――。
「……」
「すみませーん! あの、和菓子もう少し並べてもらってもいいですかー?」
「「!」」
そして、俺たちはスタッフさんの大きな大きな声に飛び上がって、真っ赤になりながら、俺は和菓子を、青はお茶を配り終えただろうやかんの回収へと向かった。
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