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柏餅入あおみつ編 8 お邪魔虫がお邪魔します。

 うちの両親は撮影スタッフに挨拶を終えるとすぐに、新しい住まいの見学を兼ねた小旅行に出かけた。これからのアフター引退ライフって命名したらしい。店をやってる間はあまりのんびりなんてできなかったから、とても嬉しそうで、少し普段よりもはしゃいでいたお母さんに笑ってしまった。  つまり。 「え? あの、シュウさん、でも、もうすでにホテルを」  つまり。 「んー、でも、この撮影短期間でやるから明日も朝早いでしょ? ホテルからこっちに向かうのとかもさ」  つまり。 「だから、こっちに泊めてもらうことにした」 「「え、ええええええええ?」」  つまり、夫婦水入らず、じゃないけれど、二泊三日、つまりは二晩、青とずっと一緒にいられるって、思ってたのに。 「あはは、二人ともさすが幼馴染、息ぴったりだね」  思ってたのに――。 「いやいや、急遽ごめんね。お邪魔しまーす」 「……本当にお邪魔ですから」 「ちょっ! 青!」  二日間の短期にしてくれたのは店の邪魔になるからでさ。その短期に撮影を全て終わらせるために朝早くから夜遅くまで撮影が入ってるわけで。確かに俺だって、実家が店と直結してるから、まだ苦じゃないけどさ。早朝からの仕込みのためにホテルから移動して仕事場に向かって、なんてするよりも、その仕事場にいた方がいいって思うけどさ。撮影に使うと突然の申し出を快く引き受けてもらえて感謝するばかりなんです、とにこやかにしてくれるスタッフさんにはたくさん協力したいけどさ。 「みっちゃんは……優しいね……フッ」 「はい? あのシュウさん?」 「俺、そういう優しい子……好きだな……」 「あ、あ、あの、どんなキャラなんですか?」 「ぶはっ、イケメン王子はシンデレラを探してる、っていうこの前主演やったドラマのキャラだったんだけどなー。女の子にめっちゃ人気だったのになー」  協力はしたいけれど。演者の負担を減らすのだってご協力したいけれども。  結構楽しみにしてたのに。両親不在の二泊三日。俺の部屋にお泊まり会。  シュウさんがホテルではなくうちに泊まることにしたいとスタッフさんからも、そして本人であるシュウさんにもそう言われた時の俺たちはもうがっかりだ。 「悪いけど、みつは女の子じゃないから」  そのイケメン王子はシンデレラを探してる、っていう、ドラマは知らないけれども、確かに女子にウケそうなお話だ。そしてそんなイケメンが涼しげに笑っている、と思ったら、シュウと俺との間を引き裂こうと、青が割り込んできた。っていうか、引き裂くほどのことは何一つシュウさんとはないけどさ。 「青……」 「みつは男子です!」 「知ってるよ? 見ればわかるもん」 「あ、あんたはっ」 「いいじゃん。幼馴染のお泊まり会に珍客一人、混ぜてよ」 「混ぜたくないって言ってるんですよ!」 「まぁまぁ、同世代の友だちあんまりいないからさ、なんかこういうお友達とお泊まり会とかしてみたかったんだよねー」  シュウさんはにこやかに笑った。 「そんなの自分の地元でって、」 「もう、仕方ない……ほら、青、どっちにしてもスタッフさんもう帰っちゃったし。明日の朝六時からの撮影だし、今日一日ずっと撮影だったんだから、疲れてるよ。シュウさん、うち古いし、狭いですけど、客間もあるのでそちらに」 「いいの? やった! ありがと」 「いいえ、でもホント、狭いので」  客間ならニ階にある。三階にばーちゃんの部屋と俺の部屋、それから書斎。二階にキッチンやお風呂、リビングに親の寝室があって、そこに小さいけれど客間がある。昔はそこも、今いる店と直結している一階の居間も俺と青の格好の遊び場だった。  二階の客間にスーツケースを運ぼうとしたら、シュウさんが慌てて手を差し伸べた。そんなの、泊まりたいと言い出したのはこちらだし、お邪魔させてもらう立場だからって。けれどそのスーツケースは青が奪うように運んでくれた。ものすごーく仏頂面で、ものすごーく不服そうなへの字口で、ものすごーく嫌そうな顔で。  でもちゃんと、丁寧に、そのスーツケースが狭い階段にぶつかってキズになってしまわないように気をつけながら、大事に運んでくれた。 「はぁ……すっごい楽しみにしてたのに」 「……お泊まり会のこと?」 「……なんかその言い方、本当に幼馴染っぽい」  青は変わらず不服そうな顔をしたまま、俺の枕をぎゅっと抱きしめて、俺のベッドにゴロンと遠慮なく転がった。 「だって、本当に幼馴染じゃん」 「ただの幼馴染じゃないっ」 「知ってるってば」  そりゃそうだよ。ただの幼馴染だったら、俺のベッドに寝転がってるのなんて見てもなんとも思わないもん。こんなにドキドキなんてしないもん。 「青、ずっと不貞腐れ顔」 「そうもなるでしょ!」  俺たち、双方の親と、それからばーちゃんも知ってる。青が正々堂々と認めてほしいって言ったから。こそこそしてたら、認めてなんてもらえないと背筋をピーンって伸ばして、告白したんだ。それから島さんも知ってる。  けれど俺たちは言いふらしたわけじゃないし、シュウさんに恋人同士だとは言ってない。シュウさんはゲイなのかもしれないけど、なんていうかさ。 「きっと、そういうのじゃないよ」 「みつ?」  シュウさんが俺を口説くって言ってた。男の俺を。俺が青と恋人だって気がついて、言ったのかもしれないけれど、なんかね……違うんだ。 「シュウさんは、多分、そういうのじゃないよ……」  だって、読み合わせの手伝いをしている時にさ。 『お前のこと、本当に好きだったんだ』  あれは口説くとかでもなく、俺に言うでもなく、なんというか、もっと遠く、どこか遠くに届くように言っていた気がしたから。

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