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柏餅入あおみつ編 10 青色ランドセル
「あっ」
水を飲もうと二階へ降りた時だった。キッチンで、シュウさんと出くわした。
「彼氏君は?」
「青、ですか? 今、お風呂です」
「そっか。ラッキー、口説くのに絶好のチャンスだ」
「あはは。青、お風呂長いので時間たっぷりですよ」
「え、マジ? っていうか、なんか余裕?」
「あははは」
お風呂上がりに青も飲むかな。保冷のポッドに入れておいてあげようかな。いつもはばーちゃんが使ってるポッド。喉が渇いたといちいち下に降りるのが面倒だからって、少し足も痛いばーちゃん用に買ったもの。今日はばーちゃんがお父さんたちと一緒に二泊三日で行っちゃってるから。
「シュウさんは明日も朝からなのに寝なくて大丈夫ですか? っていうか、台本覚えないとなのに、うるさいですよね。俺たち」
「彼氏君、怒ってたでしょ? お泊まり会のおじゃま虫に」
「いえ……あー、まぁ、少し不貞腐れはしてましたけど」
「あ! 認めた! ついに!」
「あー……まぁ」
「みんなにも内緒?」
「いえ、両親には話してます」
「うわ、親公認? なんか最強じゃん。そっかぁ、やっぱ幼馴染で家族ぐるみってやつはすごいねぇ」
「いえ……」
子どもの頃、小学一年生の時の二泊三日お泊まり会、あれ、すごく楽しかった。すごくワクワクした。やっぱり青君といるのが一番楽しいなぁって、そう思った。
でも、そうなんだ。
「やっぱり」って思うくらいに、もうその時は疎遠になってたんだ。
他の子と話してるのとは全然違うって改めて思うくらい、青とは話してなかった。
なんなんだろうね、ずっと一緒にいて、ずっとずっと二人はセットみたいになってたから気がつかなかったんだ。どれだけ青といるのが楽しいのか、どれだけ青は他の友だちと違うのか、って。
「幼馴染だけど、小中高、ってほとんど話してなかったから」
「え?」
「疎遠、っていうのかな、全然、一緒に遊んだりしてなくて」
でもさ、お泊まり会はとても楽しかったから、すごく楽しくて仕方なかったから。もちろんその翌日、月曜の朝だってワクワクしてた。
二泊三日のお泊まり会が終わっても、楽しさが胸に残っててさ。
そのまま玄関を飛び出したんだ。「青君、一緒に学校行こうよ」って言おうと思って、勢いよく玄関を出た。でも、青はすでにクラスメイトが一緒に登校しようと迎えに来てたところだった。
「青君、一緒に学校行こうよ」って言って、登校に誘おうと思ってたのに。
昨日のワクワクをそのまま丸っと胸いっぱいに抱えながら、元気に言おうと思ってたのに。
もう青はうちの前を通り過ぎて、クラスメイトと歩いてた。
ガシャンガシャンって、ランドセルが三つ、騒がしく賑やかに音を立てながら、もう前の方を歩いてた。
学校に行けばクラスが違うから、友達も違う。昼休みに、中休み、青はいつでもクラスメイトの男子と一緒に追いかけっこにドッジボールに、忙しそうにしてて。
俺は声をかけられなかったんだ。
混ぜて、って言えば、混ぜてもらえたと思うけれど、言えなかった。簡単なその一言が出てこなくて。
出てこないまま、結局、前と同じように近所の同級生っていう感じに戻ってた。
「学校ではバラバラだったから」
お泊まり会のワクワクはその日の放課後には小さくしょんぼりしおれてた。
「青はすごい人気で、いつも人にいっぱい囲まれてて、気後れしちゃってたんです」
「……」
「なので、家族ぐるみってことでもないし、親公認なのも、青が頑張ってくれたからで」
「……」
「あ、ごめんなさい。それこそ、俺、寝るの邪魔してますよね」
「……いや、別に」
「明日の撮影、頑張ってください、おやすみなさい」
頭を下げて、ばーちゃんのポッドに冷たい麦茶を入れるとグラスと一緒に三階の子ども部屋へと階段を駆け上がった。
今ならわかるんだけどね。
「はぁ、お風呂入ってスッキリしたぁ」
「あ、おかえり。お茶、冷たいの、持ってきといたよ」
「ありがとー、みつ」
あの時、どうして声をかけられなかったのか。
「みつ? なんで笑ってるの?」
「んー?」
あれは幼いながらにヤキモチしたんだ。
クラスメイトと楽しそうに歩く、青色ランドセルの君を見て、俺と一緒の時の少しはしゃいだ、子どもっぽい笑顔をさ、教えてしまうのはイヤだったし、それに何より。
「青……キス、してもいい?」
「え? うん……」
「…………」
君が他の子と仲良くしてるのを見たくなくて、イヤだったんだ。
「……みつ」
「おやすみなさいっ」
「え! ちょっ、みつ? えぇ? そんなムーディーなキスしといて寝ちゃうの? え? 俺、今、ちょっと、あのっ」
「ぐー」
「なにその、ヘッタクソな狸寝入り!」
「ぐーぐー」
「だからっそうじゃなくてっ」
君を独り占めしたいと、独占欲が強いのは、多分、俺の方だよ。
僕も一緒に学校行ってもいい? そう言えばよかったのに、それもできないくらい、青色ランドセルの君のことをもう好きだったんだ。
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