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柏餅入あおみつ編 11 不思議の国の住人
今日は丸一日、朝からずっと撮影だ。相手役の女の子はその朝早くからの撮影の合間にあくびを何度もしてた。
モデル出身、今やテレビで見ない日はないくらいで、自身の動画配信もものすごい話題になってる、大人気のシュウ、さん。
この撮影がたったの二日なのはうちのお店の邪魔に、とかよりも、きっとシュウさんが忙しいのもあるんじゃないかなって。毎日大忙し。この撮影だってさ、俺は初めて撮影っていうのを見たんだけど、すごいんだ。俺が見ていたのはあのカメラの先の世界だけで、そこよりも手前、カメラに映らないところにはたくさんの人がいて、たくさんの道具が並んでいて、すごく混み入ってる。けれどあのカメラの先は自分がよく、日々見かけるドラマの世界が広がってる。なんだかそれはとても不思議で、すごく非日常的で、目まぐるしくて目眩がしそう。その中でも、今、目の前で演技をしている「シュウ」っていう人は、俺が検索して出てきたシュウの画像そのままの笑顔で、その真ん中にいる。
すごいなぁ。
疲れないかなぁ。
でも、疲れてられないのかも。
だってあんなにたくさんの人が「シュウ」の撮影に携わってるんだから。
でも、ふと、気がついた。
そんなシュウさんが「シュウ」の笑顔じゃない笑い方をする瞬間ってやつに。
いつでもどんな角度でも完璧って感じの彼が休憩時間や場面切り替わりとかでカメラのレンズから外れる度に、自分のチェアに戻るとスマホを見てた。そしてそのスマホを見るたびに。
ほら、また。
「シュウ」とは違う、目元をくしゃりとさせた笑顔をする。
あのスマホには――。
「ヤキモチ…………というお餅を焼きます」
「青?」
今は外、店先の、いつもお客様が外を眺めながらあおみつを食べてくれる竹で作られたベンチのところで撮影していて、俺たちは店のカウンターの中からその様子を見学させてもらっていた。
青はそのカウンターに肘をついて、腕に顎を乗せ、笑っちゃいそうなくらいに口をへの字にしてる。
そして、ヤキモチを焼いてくれてる。
「そのお餅、食べられるんですか?」
「食べちゃダメです。お腹壊します」
「っぷ、じゃ焼かないでください」
変な会話だなぁ。
なんだかヘンテコで懐かしい。
『すみませーん、おまんじゅうとお団子ください』
『はい。ろっぴゃくよんじゅうえんになります』
『はい。どーぞ』
『はい。そしたらおまんじゅうと、おだんごと、あとおつり、ごひゃくごじゅうえんになります』
まだ保育園の頃、お釣りの計算なんてできないからさ。耳に馴染んでいた両親とお客さんの店先でのやりとりをそのまま真似て青と宇野屋ごっこをしてたっけ。
今思えば、誤差でまくりのレジで大赤字だけど。
「なんかさ、シュウさん、疲れるだろうなぁって」
「……ふーん」
あ、まだ不貞腐れてる。
「んもお、へそまがり」
「だって好きな子がイケメンシュウを検索して、じっと熱視線送ってたらそうもなるでしょ」
「熱視線じゃないってば。なんか、意外に地元がここに近かった」
「ふーん」
「ほら、ね? 近いでしょ?」
言いながらスマホで調べた人物経歴みたいなのを見せると、チラリと視線をこっちに投げた。
「スカウトだったんだって。駅で友達と買い物をしていた時に声をかけられたって」
「へぇ」
「なんかすごいよね。ちょっと前まではさ、この辺を普通に歩いてた人かもしれないのに」
それが芸能人になっちゃって、人気で、毎日テレビに映ってるってさ。不思議だよね。そのスカウトされるまではこっちの場所にいたのに、スカウトされたら、あの不思議な場所の住人になるっていうの。
「こんなにたくさんの人に囲まれて毎日仕事するのって気疲れとかしそうじゃん」
「そう?」
「青は人気者だから慣れっこすぎてわからないんだよ。俺だったら、疲れそうだなぁ」
はぁって溜め息が出ちゃいそうだ。でも、あれだけ周りに人がいたら、溜め息なんてつけないだろうし。それがまた余計に疲れるだろうし。それこそ、スマホで何か動画とか電子書籍とかわからないけど、気分転換はかりたくもなるのかなって。
「きっと疲れるよ。スマホよく見て、そのたんびに笑ってる」
そのスマホくらいしか気分転換することができないんだろうなぁって思うとね、応援したいというか、何か気晴らしになることでもしてあげたいというか。
「お昼のお弁当とか、あとでさ、炊き出しみたいにして外でみんなで食べるとかにしようか。そしたら気分転換に」
「スマホ、すけべな動画でも見てるんじゃ」
「あーお!」
青は俺にたしなめられて、まだへの字の口のまま、店の先、竹のベンチのところへ視線を向けた。ほらね?
じっと、青がシュウさんを見つめた。
ほら、また、ふと笑った。
「……青?」
「あんなの……見ればわかるよ」
「わかるの?」
「……そりゃ」
でも、青は何を分かったのか教えてくれないまま、厨房に引っ込んじゃって、撮影はまた少し場面をずらして再開した。
撮影が再開すると、検索したら出てくる「シュウ」さんがそこにいた。
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