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柏餅入あおみつ編 12 経験者は語ります。
なんとなくだけれど、でも、確信はあったんだ。
「お前のこと……本当に、好きだったんだ」
きっとその言葉を伝えたい人がいるんだろうなって。
俺じゃなくてさ。
きっと、どこかに――。
そう、宇野屋の店先にある竹のベンチに座る彼の背中を見て思ったんだ。
「あれ? 夜のお散歩?」
「! あ、えっと……看板の明かりのコンセント抜いたかなって」
「あぁ、そこの? 抜けてるみたいだよ?」
シュウさんが指差しで教えてくれた。
外にある看板。「宇野屋」って書いてあって、提灯を模した照明がその看板からぶら下がっている。夏なんかは別にいいんだけど、冬になると五時くらいには薄暗くなるから、閉店時間は夜の六時半でも、一応つけておくんだ。
「すみません。邪魔しちゃって」
「いいえ。っていうか、セリフもう暗記してるから大丈夫だよ。もしよかったら、ここ座ってよ」
「あ、じゃあ……」
「座るんだね!」
「え?」
「いや、だって君のこと口説こうとしてる奴の隣にそんな無防備にさ」
――お前のこと、本当に好きだったんだ。
「あは、でも、だって、シュウさん、きっと好きな人がいるから」
「……」
「大丈夫かなって」
「……青君は?」
「多分、部屋で和菓子の本読んでます」
和菓子がとっても好きだから。いくらでも製菓の本読んでられるんだ。青は子どもの頃からそうだった。特につまみ細工の和菓子のページがすごい好きで、楽しそうにしてたっけ。
「セリフ覚えるのすごいですね。その台本の全部覚えちゃえるんですか?」
「まぁねぇ、すごいでしょ?」
「すごいです」
「才能です」
「あはは、言い切った」
普段からこんな感じで話しかけやすくて、優しくて、気遣いもできる人なんだろう。
「俺なら一ヶ月はかかる気がします」
「そんなにかけてたら、他の台本読めませんから」
「すごいなぁ」
でも、さっきのあのセリフを言葉にするシュウさんは少し違っていた。
「シュウ、さん?」
ふと、彼の表情が曇った気がしたんだ。尋ねると、口元だけ笑って、夜空へ視線を向けた。
「この辺は星が結構見えるんだね」
「あー、そうかも、ですね。結構田舎なので」
「俺が今住んでるところは見えなくてさ」
「そうなんですか?」
「都会のど真ん中なのでねぇ」
けれど、生まれ育った場所は星がよく見える所なんだと教えてくれた。夏になったら天の川も見えるらしい。けれど、シュウさんも見たことはないんだって。いつもその日は曇りだったり、はたまた雨だったり、とにかく星が一つも見えないことが多くて。
「あはは、シュウさん、意外に運が悪いのかもですね」
「……」
「シュウさん?」
それまでにこやかに笑っていたのに、シュウさんが、ハッとしたようにこっちを見たから、驚いて、そしたら、今度は目を細めながらまた夜空を見上げてる。
「さっきの、すごいなぁ、って言ってくれたでしょ? それに運が悪いのかも、って、前にね、同じことを言われたことがあるんだ」
「……」
なんとなくだけれど、確信はあった。
「俺さ、スカウトされたんだ。街中で」
「あ、それ、知ってます」
「突然さぁ、君! モデルやらないか? って、すっごい怪しいじゃん? すっごいびっくりしてさぁ」
好きな人がいるんだろうなって。
「超引いてたら、あいつがさ、話だけでも聞いてみなよって言ったんだ。修也(しゅうや)ならできるよって」
「……」
「その日はさ、デート、だったんだ」
「ぇ」
「俺的にはね。出かけようって、すっごい必死に意を決して誘ってさ、いつどこで告白しようかなって思って、ウロウロウロウロしてたんだ」
ネットにも書いてあったから知っている。友達と出かけていたら声をかけられたって。その友達っていうのが――。
「そんでそのまま、待って、とか言う暇もなく、色々話がまとまっちゃって、今に至るわけです」
「……」
「その時のさ、好きな奴にも同じことを言われたんだ」
――すごいなぁ。
――あはは、修也は意外に運悪いよね。
「あの時……ウロウロせずに、その場で言えばよかったな」
「……」
「お前のこと、本当に好きだったんだ、って」
言えないまま、心はずっとそこに残ってる。
「スカウトなんて怪しいじゃんってあの時、スルーして帰ればよかったなぁ」
「……」
「けど、あいつがすっごい嬉しそうにさ、声かけてきた、まぁ、今の事務所の社長だったんだけど、そんなのその時はわからないじゃん? けど、名刺もらってさ、あいつがその場で調べて、そしたらすっごい有名な事務所の社長でさ」
「……」
「すごいなぁって、あいつがなんかすごくはしゃぐからさ……けどあの時」
「そりゃ、はしゃぎますよ」
うん。俺でもきっとはしゃいじゃうよ。
「だって、好きな人がスカウトされたら、しかもそんなすごい事務所の社長さんになら、めちゃくちゃ応援しますもん」
青のことはいつだって、たくさん応援してる。
「それこそ、好きな人の可能性とか未来とか、そういうのを狭めちゃうことは絶対にしないし、むしろ広げられるのを手伝えるんだったらなんでもします」
「……」
「経験者は語るってやつです」
青が大好きな、何時間でも見ていられる和菓子の製菓の本、あれを閉じさせてしまうことなんて絶対にさせないんだ。それをするくらいなら、俺は。
「邪魔になるのなら、好きって、言うのだって我慢しますよ」
「……」
「もちろんこれも経験者は語るってやつです」
好きな人の未来を何よりも思うんだ。
「どんなに好きって言いたくても」
「……」
「だって、言うのを我慢しちゃうくらいに、大好きですから」
もちろん、これも。
「経験者なので」
語るって、やつなんだ。
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