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柏餅入あおみつ編 13 お邪魔虫がお邪魔しま……せん。
なんかさ、映画やドラマみたいに人のことを動かせる力のある言葉が見つかればいいのにね。
「はーい! それでは、本番行きまぁぁぁす!」
よくあるじゃん。名言みたいなさ、勇気とかをあげられる言葉みたいなの。励ましたりできる言葉。
「サンッ! ニィ! イチッ! スタート!」
撮影の本番っていうのが始まった。スタッフの人たちは息をするのも憚られる静けさの中、一つの場所に視線を向ける。その視線が全部、全部、注がれる場所にシュウさんがいる。
学芸会でも普通の村人とか、頑張ってもちょっとしたセリフ、例えば挨拶とか、そのくらいがある、かな。でも本当そのくらい。もちろん観客、保護者の皆さんからの熱視線みたいなものはない。だから、あんなにたくさんの人が自分の方を見つめてるのも、あんなにたくさんのセリフを言うのも覚えるのも、自分にはないことだけれど。
『俺さ……』
でもわかる。
『お前に……ずっと言いたかったことがあるんだ』
きっとシュウさんはその言葉を伝えたかった人がいる。
『その……俺さっ、ずっと、ずっと…… お前のこと……本当に、好きだったんだ……』
そう、伝えたい人がいるって。伝えられるだけの勇気をあげられたらいいのに。そしたら――。
「はぁ、全く……」
「青?」
青は撮影とかには興味がないらしくて、大体厨房に篭ってた。たまにひょっこり顔を出す程度だった。
「話しかけるタイミングなんて作るものでしょ」
「青?」
最後の撮影が終わり、拍手が沸き起こってる店の庭先へと青が溜め息をつきながら視線を向けた。さっきの告白のシーンがラストなんだ。ここでの撮影は。これからまだ撮影はあるんだけど場所が違ったり、スタジオだったりするんだって。
だから、まだこの仕事は終わりじゃないらしくて、一時の祝福の後は急いで片付けて、また移動して撮影が始まっちゃうんだってさ。
「それは?」
お持ち帰り用の紙袋だ。
まだ上の口を封してなくて、店のカウンターにあるテープでそこを留めようとしたら、ふわりと柏の葉香りがした。
「食べたいって、言ってたんでしょ?」
そう、それは彼がお財布もなしに迷子になってお腹をぐーぐー鳴らしてた時だった。
「これ美味しいんだって。一口どうぞ、話すきっかけなんて食べ物が一番でしょ」
そしてまた溜め息を一つこぼして、スタッフの皆さんが慌ただしく撮影機材を片付け始めた外へと向かった。
俺には、ないよ。
名言みたいなさ、人を動かせる力なんて。ただの一般人だから。言えても、頑張れーとかそのくらいのこと。
青は行き交うスタッフの人たちの間をすり抜けて、シュウさんのところに行くと、何か話してた。シュウさんは目を丸くして、何か答えて、その場を去ろうとする青を慌てて引き止めるとまた何か話して。でも、青は短くなんか言っただけ。そして、すぐに戻ってきて、そのまままた厨房に引っ込んじゃった。
青が渡したのは。
宇野屋からスタッフの皆さんへの差し入れなら今朝、撮影が始まる前に渡した。だから、あれは差し入れじゃなくて。
「宇野さーん!」
「は、はいっ!」
「ありがとうございました。急遽にも関わらず、快く撮影に使わせてくださって」
「いえ、全然」
「しかもお土産までいただいてしまって。スタッフと大事にいただきます」
「いえ……あ、あのっ」
撤収作業完了したみたいだ。
「もうこのあとすぐに撮影なんですか?」
「あ、えぇ、そのつもりです」
「そう……ですか」
きっと青は特別バージョン、柏餅入りのあおみつをシュウさんにあげたんだ。食べたいって言ってたから。だから、それを持って、好きな人のところに行けよ、とか言ったのかもしれない。
「あ、でも、演者の方々が頑張ってくれたおかげで、NGも少なかったので、少し長めの休憩なんです。お昼をどこかで食べようかと。もしよかったらいかがですか? 一緒に」
「あ……いえ……」
そっか。じゃあ、あおみつ持ってなんていけない、か。
「あ、でも、シュウさんは出かけるらしいので。いないんですけど」
「えっ!」
「少し、地元に戻るんだそうですよ? ここからならそう遠くないから、実家に戻るのかな」
「!」
「なので、シュウさんはいないんですけど」
「いえ! 全然! 俺たちはすぐに、あの、お店があるので」
じゃあ。
じゃあ、もしかして。
「なのでっ、お構いなく!」
もしかして。
シュウさんは、地元の。
「シュウさっ……」
「うん…………久しぶり……うん」
あっという間に終わってしまった撤収作業。すっかりいつもの店先の風景に戻ってしまった庭のところにシュウさんが立っていた。帰ってしまう前にもう一度話せないかなって思って、頑張ってって言おうと思って、声をかけたんだけど。
「……」
邪魔をしてしまった。
おじゃま虫。
彼は電話中だった。
「……うん。それでさ、あの……」
きっと、大事な、大事な人に電話をしている最中だった。
「あの、すっごい美味しいお菓子をさ、和菓子、お前、好きだったじゃん。柏餅。それの……えっと」
話すきっかけなんて、これ美味しいよ。おひとつどうぞ。そのくらいでいいんだ。
「えっと、あの、すっごい美味しいんだって。季節限定らしくてさ」
そのくらいで充分なんだ。
「その……」
ふと、シュウさんと目があった。嬉しそうに目元をくしゃくしゃにして笑いながら。
「だから、今から、持ってくよ……」
そう告げる彼はほんの少し頬が赤い気がした。
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