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柏餅入あおみつ編 14 一生懸命に
「好きです」たったそれだけのことを伝えるだけなのに、勇気がたくさん必要でさ。その日の体力全部ごっそり注ぎ込まないとその言葉って出てきてくれないんだ。
たったそれだけの、短い、短い言葉なのに。
そんなに頑張るのに、その答えが自分の願いどおりかどうかも分からない。
どれだけ頑張っても、どれだけの勇気をその言葉に詰め込んでも、想いが実らないことだってある。
タイミングだって関係してくるんだ。向こうも自分のことを想っていてくれたことがあるかもしれない。けれど、勇気を振り絞る前に相手が諦めてしまって、ようやくその言葉を口にした時にはもう別の人を好きになっているかもしれない。あぁ、だめだったんだと諦めて、ようやく自分も新しい恋を始められたと思った矢先に、相手が戻ってきてしまって……なんていうさ、タイミングがずれただけで実らないことだってきっとある。
その想いが繋がってくれるのなんてさ、ものすごく奇跡的なことなんだ。
そのくらい奇跡的なことなのに、実った恋はそのあとは片思いよりも忙しい。
好きな子が別の子を親しげに話してるだけでも、少しチクチクしたり。デートにドキドキしたり。おしゃれしてみたりしてさ。キスして、笑って、一晩一緒に過ごして、また笑って。どこのカップルだってそんな感じ。奇跡的に繋がった想いは、一つにくっつくと、平々凡々な恋になる。別に世界を救うパワーもないし、モンスターを倒したりもしない。悪の軍団から世界を守って、空を飛べるわけでもない。もちろん変身だってしない。
けれど、勇気を振り絞って、渾身の告白を実らせ出来上がった平々凡々な恋を俺たちは忙しく一生懸命抱きしめるんだ。
「あーあ、せっかく二泊三日でラブラブできると思ったのになぁ」
青はそう残念そうに呟くと、そろそろ帰ってくるだろうと時計を見上げた。
「結局、全然ラブラブできなかった」
ずっとシュウさんが泊まっていたし、もちろん昼間なんて撮影スタッフの人がたんまりいるわけで、ラブラブなんてできる隙間はほんの一秒だってなかった。
「もういっそのこと、しちゃえばよかった。俺らが付き合ってるのなんてバレてたんだし」
「やだよ。そんなの落ち着かない」
「えー、みつはラブラブしたくなかったの?」
「そもそもラブラブとか、恥ずかしいから、言うの」
「なんでだ!」
なんでも、でしょ。何その、ラブラブって。
「……青、シュウさんになんて言ったの?」
「?」
「さっき、あおみつ渡しながら」
「あぁ、別に大したことないよ」
これ、日持ちしないから。保存料一切なしなんで。だから今日のうちに食べな。
「それだけ?」
「そ。ただそう言っただけ。あおみつたんまり入れて。一人じゃ食べきれないくらい」
そしたら誰かと食べなくちゃいけないだろう? ほら、ちょうど、お昼をスタッフさんたちが食べてる間に地元に戻るのならそこで食べたらいい。ただ、一人じゃ食べ切らないから、誰かを呼んで一緒に食べた方がいいよ。
「青」
「また邪魔されたくないし、ただそれだけ」
「優しいんだ」
「優しくないよ。お邪魔虫を追い払っただけ」
「やっさしぃ」
「だからそういうのじゃなくて、イケメンだったじゃん。みつは面食いって自分で言ってたし」
「あー、まぁ、面食いではあるけれどさ」
「ほら! ほらねー! だから俺はっ、」
俺だってラブラブ、したかったもん。俺だってさ。
「……」
そっとキスをした。
「……みつ」
そんなにさ、やっぱりたくさん、ラブラブできないでしょ? 普段から。親公認だからって、さ。やっぱりね。なんというか。えっちなことってさ。
だから、撮影の間、お母さんたちがいないっていうの、俺だって、多少は楽しみにしてたんだ。普段はできないこととかさ、二人っきりならできるなぁって思ったし。
「みつ」
楽しみ、だったし。
「はぁ、みつはたまに、すごい拷問をする」
「だって……」
「そんな優しくキスしないでよー。したくなっちゃうじゃん」
そろそろ親が帰ってきちゃうのに。というかいつ帰ってきてもおかしくないのに、できないでしょうってほっぺたを膨らませて、悶々したものをそのほっぺたに詰め込んで、眉間に皺を寄せている。
その頬が赤いのがまたなんかすごく可愛くて。
なんだか理性が崩れかけた時だった。電話が鳴った。うちの電話。
「あ、電話だ。ちょっと待ってて、青」
もうちょっとで帰ります、かな。おばあちゃんも一緒だからそう夜遅くになることはないと思うんだ。だからちょうど、本当にもうそろそろ帰ってくる気がしてた。
「もしもし? 宇野屋です。……うん。大丈夫だったよ」
やっぱり電話はお母さんからだった。撮影の様子を簡単に伝えて、全ての撮影がスケジュール通りに終わったことを伝える。
「だから、もう……ぇ? ……あの」
実った恋は至って平凡で、世界は救えないし、すごいパワーが宿るわけでもない。
「あ、はい……うん。わかりました……」
けれど、たくさんの勇気を詰め込んでくっつけた「好き」だから。
「みつー、もうおじさんたち帰ってくるって?」
「……青」
「お昼、食べてから来るって? お店は午後からで大丈夫だし。俺、みんなのお昼作ろうか?」
だから、俺たちは忙しくも一生懸命に恋をする。
「あの、おばあちゃんが現地をすごく気に入ったらしくて、今日も向こう」
「え?」
「向こうに泊まるって」
「…………えええええ!」
「あの、だから」
「戸締り頑張ります! あとしっかり留守番しときます! やば! 早くお菓子完売させないと!」
こうやって、一生懸命に、二人っきりの留守番に、二人で大はしゃぎをするような、とても平凡で、ありきたりな。
「っぷ、戸締り頑張るって、変じゃない?」
「いいの! そこは頑張るんだって!」
恋を、する。
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