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ケモ耳SS 1 にゃお、DK

「私さ……思うんだ」  島さんに、ちょっといいかなって呼び出された。終業式が終わった後、どこか呆けた教室で青はクラスメイトと通信ゲームの真っ最中で、俺はそのゲームをやってないから、横からのんびり観戦してたところだった。暇だし、俺と青のことを知っている数少ない人だから、別に告白とかそういうのじゃないのはわかってるから、俺も散歩みたいに呑気についていった。  連れて来られた場所はひと気のない家庭科準備室。入ってすぐ、部屋の中央でこっちに振り返る島さんの真剣すぎる顔に、ごくりと唾を飲み込み、そこで身構えた。  何? そんな怖いくらいに思いつめた顔で「思うんだ」なんて言われてしまうような何かがあったの? それとも俺が何かをしてしまったの? 先に謝っておくべきなのかな。もしかして青とのことで何か、俺、やっちゃったのかな。  もう卒業間近、クリスマス直前、俺たち三年生は終業式も浮かれ浮かれて、浮き足立って、帰り間際の担任の話す「冬休みの注意事項」なんて聞いてもいないくらいだったけれど。  浮かれすぎた? だって、後輩の女子の横恋慕事件も無事解決して、クリスマス当日は昼間は青のところで手伝い、でも、そのあと、時間作ってもらえた。一緒にツリーのイルミネーションがすごい綺麗なところを見に行こうって約束してる。別にトラブル的なことは何も発生してない、と思うんだけれど。 「あのね、宇野君……」 「は、はい」  あ、もしかして、クリスマスプレゼント? それ? 紙袋の中身。益田なんてクリスマスプレンゼントいらないだろうし気にもしてなかったけど、でも、うん。ごめん、色々お世話になった島さんには……すみません。俺、用意してないや。 「宇野君は黒猫だと思うの!」 「はっ、はい! ぇ……へ?」  何が? クリスマスプレンゼントが? あ、え? 宅配業者指定? 「でもねっ、でもねっ! 一箇所問題があるのよ! 私的にはね! 尻尾!」 「し……ぽ?」 「そう! 尻尾よ! 尻尾ってさっ」  島さんが…………なんか、暴走してた。 「これ……完璧じゃない?」 「……ぇ?」  尻尾がね、問題だったんだって。本物の猫のように尻尾がクルンと、クネッと動かないただズボンにくっついただけの尻尾。ダランと垂れ下がるだけの尻尾なんて可愛くない。萌えないし、そんなの尻尾じゃない。ただの、尾。  俺にはこのモテ女子の力説がちっともわからなかったけれど、クルンとクネッとしていないから気に食わなかった尻尾をどうしたらいいのか、それを自分なりに解決できたから、是非とも、黒猫がイメージにぴったりの俺に、装着して欲しいんだって……言われて。 「うん。完璧」 「……」  今、俺は黒猫化させられてる。  頭には黒猫の耳が髪留めピンでくっついててる。そう、耳が今、四つあることになる。もうその時点で生物としておかしい気がするんだけれど、そこは、島さんは気にしないらしい。それよりも尻尾。尻尾の先を輪にしてあって、シュシュみたいに括り付けることができるように改造したんだそうだ。そしてそのシュシュな尻尾は今、俺の手首にくっついてて、尻尾の手錠みたい。そこから余った分を手首にクルクルと巻きつけて、あたかも、黒猫が自分の尻尾を手首に絡めて遊んでいるような。 「これ……ヤバイよっ」  ちっともわからないです。 「ね! あのね! これ、取り外しができるの! マジックテープでズボンに止まってるから! hろね!」  ベリリと音を立てて外れた尻尾。はぁ、と返事をする俺。大興奮の島さん。そして。 「で! で! これ、なんと、こっちもワッカになるの! 一回、ここに通して、そんでここに、少しだけマジックテープくっついてるから」  マジックテープって万能だね。っていうか、すごい改造したんだね。 「ほら! 手錠に早変わり!」 「……」  島さん、男子高校生にどんなことさせてるんですか。 「すっごくよくない?」  わかりません。良さもわからないけれど、島さんが、はてしなくわかりません。 「待ってて! ちょっと待ってて! とりあえず、手錠バージョンでしょ? それと、普通の尻尾バージョン! うん……素敵。本当は写真に撮りたいけど撮れないから、目に焼き付けとく」  そう言って怖いくらいに凝視されてる。島さん、目が大きいから眼力ものすごいんですけど。怖いんですけど。  これさ、すごくうちの制服に似てるけど違うのをわざわざ買って尻尾つけて、改造して、島さんはやっぱり、変な人だ。可愛いのに、今、きっと彼女を慕っているクッキング部の後輩がいたら卒倒するかもだよ。そんな鼻の穴大きくするくらい鼻息荒くスマホを連打してる姿なんて。  なんか、ごめんなさい、心の中でそう謝っちゃったよ。 「ね、島さん、もう取っていい?」 「ダメーっ!」  俺の問いに答えた声は澄んだ可愛い、でも、カラオケの選曲は渋いため、歌う時の声の野太さがハンパじゃなくなる島さんの声じゃなくて、俺のよく知っている声だった。いつも隣で聞こえる度に耳がくすぐったくて、胸があったかくなって、ドキドキする。 「あっ、青っ?」  幼馴染で、俺の大好きな、彼氏の声。 「だめー! 取っちゃダメ!」 「は? 青? え? なんでっ」  飛び込んできたキャラメル色の髪が、目の前でふわりと広がって、そして、視界が紅茶のシフォンケーキ色のニットでいっぱいになった。  青が抱きついたんだ。  そして見えないけれど、島さんが楽しそうに「ありがとうございました。充分堪能させていただきました。お先に失礼致します」って、ものすごくすました声で丁寧に告げると、鍵をたぶんその辺のどこかに置いたんだろう。カチャという金属音が聞こえた。それと、戸を閉めるカラカラと乾いた音。 「今! みつが猫耳つけてるって教えてもらって飛んできた」 「は?」  え? 今だよ? 今、ちょっと数秒前に島さんがスマホでやってたよ? それから一分とかそんなもんだよ? それで三年のうちの教室からここまでどうやって来るんだよ。ここ一階の家庭科準備室だけど? どう考えたって、ワープするしか。 「っぷ」 「……まだ取らないでよ」 「取ってないよ。っていうか、どんだけ脚速いのってびっくりしたんだ」 「そりゃ」  きつく抱き締める腕から解放されたら、今度は少し肌寒く感じられた。青の体温が離れちゃって、ちょっとだけ腕の中が名残惜しい。 「どう? 似合ってる?」  俺は髪が黒いからかな。黒猫のイメージなんだってさ。っていうか、こんなんどうしたんだろうね。あ、クラスの女子と仮装クリスマスパーティーするとか言ってたかも。彼氏いるのにクリスマスに女子会するの? って、でもそういうのも島さんらしいなぁと思ったっけ。その仮装の衣装探しの途中で見つけたのかな。それをわざわざ縫って加工までして。 「めっちゃ……似合ってます」  でも、青がすごく喜んでくれてるから、今度、うちのお饅頭をお礼にあげよう。ありがとうございますって。 「なんで敬語」 「な、なんとなくっ」 「変じゃない?」 「変じゃないっ!」  ボキャブラリーのない会話がたまらなく楽しくて愛しい。だから、猫耳と人の耳、四つありますよ、とか、シュシュで尻尾を手首に巻きつけてるけど、そんな猫見たことないですよ、とか、色々ある疑問、謎、不可解な部分はとりあえず気にしない。  青が、嬉しそうにしてくれるんなら、俺も嬉しい。 「にゃお……」  だから、腕から解放されて開いてしまった距離を詰めるために、一歩、前へ出て、猫みたいに見える、かどうかはわかないけれど、首を傾げながら、下からキスをした。声真似して、ちょっとだけ唇に触れる、猫になった気分で、他愛のないキスをした。 「……み、つぅぅ」 「へ? え? 青?」  その場にしゃがみこんだ青。ごめん、ダメだった? さすがに男子高校生、しかもさしてイケメンでもない俺が猫のフリして鳴いてみたりしたら、引いた? 「待ってて」 「へ? 青っ?」  ビュンって風を切る音がたしかに聞こえた。うずくまっていた青が一瞬、近くの机に置いてあった鍵を手に取り、戸へ近づき、施錠して戻ってくるのに、今、本当に風の切る音がしたんだ。 「ただいまっ」  そして戻ってきた青の真剣すぎる詰め寄り方が、可愛くて楽しくて、やっぱり愛しくてさ。 「おかえり」  笑いながら、そう返事をして首に腕を回して、猫みたいに懐へ擦り寄ってみせた。

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