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不実
「圭ちゃん…… キスしていい?」
陽介が俺を見つめる。
さっきの嫌な出来事が走馬灯の様に頭に浮かんだ。
幸せな気持ちから一気に悲しくなってしまう。
「キスとかはやっぱり抵抗あるよね? こないだは少し酔ってたから……圭ちゃんがこういう事が大丈夫になるまで俺は待つから。俺、圭ちゃんのこと大事にするから安心して」
「………… 」
陽介……
俺の事をこんなに気遣ってくれてるのに、俺は何てことをしてしまったんだ。
無理矢理だったとはいえ、言い訳なんてできない。
自分が物凄く汚い人間に感じてしまう。
いつまでも黙っているからか、心配そうに俺を見つめる陽介。
ごめん……
俺は怖くて言えなかった。
「ううん、大丈夫。陽介……キスして」
俺がそう言うと、陽介はとっても優しくキスをしてくれた。
俺が嫌がらないようにと優しい優しいキス──
俺はこんなにも陽介を苦しめて来たというのに、何でお前はこんなに優しいんだよ。
胸が苦しくて張り裂けそうだった。
「圭ちゃん、その……首筋の、どうしたの?」
不思議そうな顔をして俺の首を見ながらそう言う陽介に、俺は一瞬なんのことを言われているのかわからなかった。
首筋……?
まさかと思ってゾッとした。
俺は慌てて陽介から離れると洗面所に走る。鏡で見てみると、やっぱり思った通り、首についていたそれは紛れもなくキスマークだった。
いつの間につけられたんだ?
怒りと絶望……
陽介に見られてしまった。どう思っただろうか? まさかキスマークだなんて思わない……よな?
俺は陽介を傷つけたくない一心で……いや、自分が嫌われたくないという一心で、陽介に嘘をついた。
そう、これは単なる虫刺され。
できるだけ自然に、怪しまれない様に……俺は笑って陽介に嘘をついた。
陽介はそれ以降、俺の様子には触れることなく少しの間俺を抱きしめ、「母さんが待ってるからそろそろ帰らなきゃ……」と言って帰って行った。
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