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ふざけんな!

純平に言われ、しょうがないから放課後保健室に顔を出した。 高坂は相変わらず気怠そうな雰囲気で椅子に座っている。 「先生ご心配おかけしましたー」 俺は感情のこもっていない言い方で、とりあえず高坂の背中に話しかけた。 「陽介くん、元気になった? 心配してたんだよ」 高坂はそう言いながら、椅子を回転させこちらを向いた。いつもの嘘臭い綺麗な笑顔で俺を見る。でも今日の高坂はいつもとちょっと違っていた。 「先生……唇のそれ、どうしたんですか?」 高坂の下唇に痛々しく切り傷がある。コーヒー飲んでたけど沁みないのかな? かなり痛そうだけど…… 「ああ、これね。昨日さ、帰ろうと思ったら門の所で可愛い子猫ちゃんを拾ってね。ちょっとじゃれてあげようと思ったら、噛みつかれちゃったんだよ……」 猫? 野良猫かな? 噛みつかれるってどんだけだよ。 「ところで陽介くん、病院で圭くんと会えた?」 ニヤリと笑った高坂が俺に聞く。 え? 圭ちゃんとは会えたけど…… なんで? 「……はい」 「それならよかった。圭くんに好きって言ってもらえたんじゃないの? お悩みは解決かな?」 なぜかわからないけど胸の奥がゾワっとする。なんなんだろう……嫌な予感がする。 「先生、何 言ってんすか?」 「ん? 別に……そういえば昨日の赤毛の子猫ちゃんね、気が強くて可愛かったんだよ。もっと遊んであげたかったのに……逃げられちゃった」 ……まさか子猫って! 「おい! お前、まさか……」 「ちょっと陽介くん? 先生に向かってお前はないんじゃない?」 最悪の事態を想像して、どうしようもなく頭に血がのぼる。嘘だろ? いやでもコイツならやりかねない…… 「子猫って……まさか圭ちゃんじゃないだろうな? 」 恐ろしくて声が震える。そんな俺の反応を見て面白かったのか、高坂がふっと笑った。 「陽介くんの事ね、凄く心配して思い詰めた顔して待ってるんだもん。そんなの見ちゃったら協力してあげたくなるでしょ?」 頭の中の何かがブチんと切れたような気がした。 「てめぇ! 協力って何だよ!」 言っていることが全く理解できないし、俺は怒りが爆発して高坂に殴りかかった。殴りたかったのに俺の腕はいとも簡単に高坂に掴まれ捻り倒されてしまった。 「僕、こう見えて結構強いんだよね。ごめんね……怒らないでよ」 俺は高坂に背中にのしかかられた姿勢のまま全く身動きが取れず、悔しさで床を叩くことしかできなかった。 「圭くんさ、君に好きだってちゃんと言えたんじゃないの? 僕ね、前にあの子見たときわかったんだよ。陽介くんの事が好きなんだって。僕の勘、結構当たるんだよ 」 高坂が俺の背中の上で話を続ける。こいつは一体何を言ってんだ? 「でもさぁ、陽介くんはいつまでもうじうじ悩んでるし、お互い好きなくせに全然距離が縮まらないから見ていてイライラしちゃって」 「………… 」 「圭くんの方が、恋愛感情なのかどうかがわからなくて迷いがあるのかな? って思ったから、ちょっかい出してみたの。好きでもない奴に体を弄られればいい加減気が付くだろ? 本当に好きな奴と触れ合いたいって。好きでもない奴に触れられたら気持ち悪いって……」 こいつの言ってることが理解できない…… 「け、圭ちゃんが、自分の気持ちに気付けるように……だから襲ったって言うのか?」 クソ馬鹿げてる…… 「襲っただなんてオーバーだな! でもそうだよ? 日に日にやつれてく陽介くんも見てられなかったからね」 あの時の違和感、あの時の圭ちゃんの嘘はこのせいだったのか…… 「おかしいだろ! なんで襲ったりするんだよ!」 確かに、高坂の言う通り圭ちゃんから俺に告白してくれた。それはとっても嬉しい事だったけど。 圭ちゃんのあの時の心情を思うと…… あの時何も気付いてやれなかった自分を殴りたい。 「だから襲ったって……そんなに乱暴にしてないよ? ちょっと押さえつけて……そうだなぁ、ちょっとキスしたくらいだよ。最後はあっさり逃げられちゃったけどね」 もう聞きたくなかった。 悔しさと怒りで涙が出てくる。 体が震える…… 「ごめんね、陽介くん。そんなに怒らないで。それに君が僕を殴っちゃったら問題でしょ? ここ学校だよ。圭くんにちょっかい出したことは謝るからさ、結果オーライで許してよ」 俺を押さえつけていた高坂が、スッと離れた。もう俺は殴りかかる気力も無かった。悔しさと申し訳ない気持ちと、怒りとで、頭の中がぐちゃぐちゃで…… その場でうずくまり、泣く事しか出来なかった。

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