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打ち明ける
今日はスタジオ練習の日。来月はクリスマスライブもあるから、最近はスタジオ練習の頻度を増やしている。
『だめだよ、早く言ってやんなきゃ……』
陽介の言葉が頭をよぎった。
今日こそは、みんなにちゃんと話さないと、と決心をする。
でも足が重たい……どう話したらいいのか?
ぼんやりと考えながら歩いていると、あっという間にいつものスタジオに到着してしまった。
顔馴染みの受付のお兄さんが俺に笑いかける。
「圭君、今日は珍しく遅いね。みんなもうとっくに来てるよ」
「ありがとう」と頭を軽くさげ、みんなの待つ部屋へ俺は急いだ。
「やっと来た! 圭さん今日遅くね? いつも一番乗りなのに遅いから心配しちゃったよ」
周が俺を見るなり寄ってきた。
みんなが俺の事を振り返る。
「あ……悪いな。遅れた」
修斗と靖史が心配そうな顔をした。すぐに俺の様子を察した靖史の視線が痛かった。
「なぁ……お前、何か話すことあんじゃね?……そろそろいいだろ」
勘のいい靖史が、俺からフッと目をそらして呟く。ここまで言われちゃもう覚悟を決めないと……
「うん……ごめんな遅れて。ちょっとみんなに話あんだけど、いいかな?」
「………… 」
周も修斗も、何か期待した顔で椅子を寄せて腰掛けた。
ごめん……
そんなわくわくするような話じゃないんだ。
「なんすか? 圭さん、改まっちゃって」
周が俺を見て笑顔を見せる。
……物凄く言い難い。
俺を見つめる周の顔も見ることができずに、俯き気味に俺は話を始めた。
「俺と靖史はさ、もう卒業だろ? ……俺、小さい時から親父とずっと音楽やってて……色々と思うことがあってさ、簡単に言うと、反抗期みたいなもんかな。それで親父と話し合って中二の時ひとりで日本に来たんだけど…… 」
もう話を知っている靖史は、興味なさそうに椅子をユラユラと傾け外方を向いてる。
「俺さ、卒業したらまた親父のとこ戻るから」
……沈黙。
周も修斗も何も言わずに俺を見ていた。
きょとんとした周と目が合い、俺は話を続けた。
わかりやすく簡潔に……
「だから、俺と靖史が卒業したらD-ASCH は解散な。俺、戻ってこられるかもわかんねぇし、待ってられても困るから……」
真っ直ぐに俺を見る周の目を見て変に焦ってしまい、簡潔すぎてなんだか嫌な言い方になってしまった。
修斗は前から察していたのか、あまり驚くこともなく普段と変わらない顔色で小さく頷く。
それとは対照的な周の反応。
さっきまできょとんとしていたくせに、やっと理解したのか今は真っ赤な顔をして怒りを隠しきれないでいた。
「なんだよそれ! は? 解散? 圭さん勝手に決めんなよ! なあ、修斗もそう思うだろ?」
周は修斗に同意を求めるように肩を掴む。
「……! 痛えよ周! 力が強いって…… 」
迷惑そうに周の手を払う修斗。
「……靖史さんはもうこの事知ってたんですか?」
睨むように修斗が俺と靖史の顔を交互に見た。
「あぁ、聞いてた……親父さんと高校卒業したら戻るって約束をして、日本にひとりで来たんだとよ。約束ならしゃーねぇよな」
「しゃーねぇじゃねーよ! なんだよ! 靖史さんも納得いかねぇだろ? それでいいのかよ!」
今にも殴りかかってきそうな勢いで怒ってる周だけど……そこは我慢してるのか、その場で踏ん張って堪えているように見える。何度も足をドンって踏み込んで握り込んだ拳も震えていた。
……ごめんな、周。
周は初めてライブに来た時に、坂上泰牙のファンだと言っていた。
泰牙の影響でギターを始めたとも言っていた。
そしてその息子である俺がまた、泰牙と同じ弾き方だと言って凄く慕ってくれた。
俺のギターが好きだと言い、尊敬しているとも言ってくれた。
そんな俺、凄くないのに……凄いのは泰牙なのに。
でも、そんな俺のギターが世界一最強だと言ってはにかむ周の顔が頭に浮かんだ。
胸が痛い……
失望させてゴメンな。
いっその事、殴ってくれた方が俺も踏ん切りつくんだけどな。
ふと修斗と目が合った。
修斗はいつもムードメーカーで明るく盛り上げてくれる。軽くてチャラい男だけど、誰よりも人のことをよく見ていて、気遣いが出来るいい男だ。
俺に言いたい事、きっと沢山あるんだろうな……
それでも何も言わずにいる修斗。
ゴメンな……修斗。
重い空気にいたたまれなくなる。
でも、何と言われようとも、もう決めたことなんだ。
「いや……ほんと、俺は親父と離れてこっちに戻って来たいと思ってるんだけど、いつになるかわからないし、本当に戻ってこられるかもわからない。この先どうなるかなんてわかんないだろ? だからみんなには好きにしててほしいんだよ。俺の事なんて待たなくていいから…… 」
この先どうなるかなんてわからない。
いや……
俺はどんな事があっても絶対に戻って、親父の用意してくれた道じゃなく自分で見つけた道を歩いて行くんだ。
そう、いつになるかはわからないけど俺は日本に戻るって決めたんだ。
でも、いつになるかもわからないのに待っててくれだなんて俺からは言えない。
だからこれでいい。
「解散だって決まったけど、卒業までまだあるし、すぐにクリスマスライブがあるだろ? 楽しもうよ。周も怒るなよ……勝手でゴメンな。でももう俺は決めたんだ。わかってくれよ」
怖い顔で俺を睨む周の腕をポンと叩く。
黙って聞いていた靖史が 「何をどう言ったって、頑固者の圭が考えを変えるなんてしないだろ。諦めろ周…… 」そう言って笑った。
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