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見透かされる

今日は久々のバイト。 竜太君はお休みで、今日は須藤と二人でフル出勤だった。 圭ちゃんの家から直接出勤だったから少しだけ遅れてしまった。でもオーナーも須藤も俺を咎める事もなく、いつもの調子。 オーナーは見かけによらずのんびりオットリで、滅多な事では怒らない。いや、怒ってるところは今までも一度だって見たことがない。あんないかつくて強面のくせに、とても優しくていい人なんだ。 優雅なジャズの流れる店内は時の流れがゆっくりと感じられて雰囲気がいい。 オーナーの見かけではなく、内面の人柄通りのこの店が俺は大好きだった。 俺は遅れて来たことを詫び、着替えを済ませてホールへと向かう。 途中でオーナーに呼び止められ、事務所へ来るように言われてしまった。 ……何だろう? いつになく深刻そうなオーナーの顔にちょっと緊張する。 「失礼します…… 」 煙草を燻らせながらオーナーが俺を手招きし、椅子に座るよう促した。 「陽介君はさ、卒業後はどうするの?」 怖い顔のオーナーに、少しだけビビってたから拍子抜けする。 俺、言ってなかったっけ? 「あ、すみません。卒業してからもお世話になりたいんすけど……いいですか?」 そう言うと、オーナーはにこっと笑って頷いた。 「もちろん! 助かるよ……辞めちゃったらどうしようかと思ってたからさ。そっか、よかった」 卒業して専門学校に通うようになったら独り暮らしもしたいし、圭ちゃんもいないからバイトの日数も正直増やしたいくらいだ。 その事も伝えると、オーナーは快諾してくれた。 「……それにしても、最近はバイト時間減らしてるけど、もしかして体調悪いのか? 大丈夫か?」 急に心配そうな顔になるオーナーに、俺は「そんなことないです」と慌てて否定した。 「うん……ならいいんだけど、陽介君ちょっと痩せた? なんか顔色もあまり良くないから体調悪いのかと思ったよ。でも無理はしないでね。この店は陽介君が頼りなんだから」 オーナーの言葉に「はい…」と返事をし、俺はホールへと戻った。 そんなに顔色悪いかな? まぁ睡眠不足のせいかな。 「おう!遅れてごめんな」 コーヒーを作ってる須藤に声をかける。 「オーナー何だったんすか?」 コーヒーからは目を離さず、須藤は俺に言った。 「あぁ、卒業したらどうすんだ? って聞かれた。バイトは辞めねぇよ。これからもよろしくな」 「そっかよかった。卒業したら辞めちゃうかと思ってたから……」 須藤やオーナーの嬉しそうな顔を見て、必要とされてる事はありがたいなって思った。 須藤が作ったコーヒーを運ぼうとテーブル番号を確認し、その方を見ると見慣れた顔…… 「チッ…」 思わず舌打ちが出てしまった。 「なんだよ、冬休みじゃねぇの? 学校? それともわざわざここまで来たの?」 にこにこしながら俺の顔を見てるのは保健医の高坂。 「学校が休みでも仕事があれば来なくちゃいけないんだよ。面倒だよね。てか、そんなあからさまに嫌な顔しないでくれる? 一応僕もお客様!」 コーヒーを啜り、美味しい……と呟く高坂。 さっさとその場から離れようとしたけど呼び止められてしまった。 「なに?」 「ねぇ、陽介くん、久しぶりだよね。どうしたの? バイト減らしてんの?」 そのことには触れないでほしかった。別にどうだっていいじゃねえか…… 「そうですけど? 別にどうでもいいでしょ……」 「うん、どうでもいいんだけどね、そう顔色が悪いと僕、心配になっちゃう。陽介くんどうしたの? 酷い顔してるよ。ちゃんとご飯食べてる?」 高坂が真剣な顔つきで俺の顔を覗いてくる。 見透かされてるようで……凄く嫌だ。 「陽介くん? 飯ちゃんと食ってんのか?」 「………… 」 「また倒れても知らないよ……気付いてない? あの時と同じ顔してる」 やっぱりだ…… こいつ、何でもお見通しって面がムカつくんだよ。 俺は圭ちゃんに片思いしてる時、思い詰めて体調を崩し、学校で倒れた事があったっけ。 高一の時。 その時だって高坂が側にいて、俺らの事を見透かしていたんだ。 「そう怖い顔すんなよ。心配なだけだって。体は大きくなってもまだまだ成長期には変わらないんだから、あんまり無理すんな。ちゃんと睡眠取って、しっかり食べろ。圭くんも心配するぞ」 珍しく真剣な顔のままの高坂に、説教じみた言い方をされる。 ムカつくけど言い返せないでいたら、フッと高坂は笑顔に戻り俺の腰をポンポンと叩いた。 「はいはい、仕事に戻った戻った。圭くんによろしくね」 ……全く調子のいい奴。 それにしても俺、そんなに顔色悪いのかな。 でも、飯って食ってるよな? 圭ちゃんと一緒の時は。 ああ、家では……食ってないかもしれない。 みんなに心配されるのも嫌だから気を付けないと。

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