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第15話

「東雲の悩み事が解決されたみたいで、良かった良かった」  陶酔するような心地の中、冬夜は朗らかな友人の声に現実に引き戻され、バッとアシュレイから体を離した。冬夜が顔を離すと、アシュレイが物足りない、と言わんばかりの仄かに欲情した顔をしていたので、冬夜はきゅうん、と心臓が締め付けられる心地がした。  だが、流石にアシュレイのことを打ち明けた友人とは言え、友人だからこそ、キスシーンなんて見られるのは恥ずかしかった。  アシュレイは、突然現れた甘崎一誠の姿に訝しげな目線を向けた。 「この男は……」 「申し遅れましたアシュレイさん。私は東雲の友人の、甘崎一誠といいます」 「まだ人間がいたのかよ」  アシュレイと冬夜の逢瀬を邪魔もできず、だが立ち去るのもなんだか可笑しな気がしてその場に空気として止まっていた、『狼男』ヴォルフは呆れたように呟いた。その姿は、アシュレイに言われた通り、冬夜を恐怖させないために人と変わりない姿に変化していた。  しかし、ブラウンの毛並みを持つ耳が頭の上から生えており、時折ピクピクと動いていた。  すると、一誠はヴォルフのその姿を見て、また強烈に瞳を輝かせた。 「なんということだ!もしかして、本物のウェアウルフか!?」  一誠の悪い癖がよりにもよってこんな場所で発揮されてしまった。アシュレイの配下、ヒューズを全身隅々まで触って観察したように、一誠は命知らずにもヴォルフの腰から生える尻尾、耳などに不躾に手を伸ばし始めた。 「…ッ!いきなり触んじゃねえ!」  まさに逆鱗に触れられた竜のように、ヴォルフは鋭い爪による攻撃を繰り出そうとした。一誠はうおおっと声を上げながら地面を転げ回り、間一髪で爪を避けた。 「……九死に一生!」 「甘崎ィ!こんなときまで好奇心暴走させるなよ!」  アシュレイは呆れた様子で一誠を見ながらヴォルフを嗜めた。 「ヴォルフ、気持ちはわかるが俺たちは人間を傷つけてはならないと魔界の法で定められている。もし冬夜の友が死ぬことがあったら、お前は火炙りの刑に処されることになるぞ」 「はん、わかってるよ。寸止めするつもりだったっての」  アシュレイはヴォルフを叱ると、何故か再び冬夜を抱き寄せて、ぎゅっと後ろから抱え込んだ。冬夜はびくっと肩を震わせ、アシュレイの顔を見上げる。アシュレイは、警戒に満ちた視線を一誠に注いでいた。 「冬夜、この男本当にただの友人だろうな?この見るからに変態な男に密かに狙われているなんてことはないか」 「はあ!?ちょっ…甘崎はそういうのじゃないから!」 「ほう!東雲の話を聞いた限りだと、正直ただのヤリ捨て男にしか思えなかったけど、私に独占欲剥き出しにするほど、随分と東雲に執心みたいだな!」  ヤリ捨て男、という身も蓋もない単語に、ヴォルフはブッ!と勢いよく吹き出し、方を震わせた。  このデリカシー無し男!と冬夜は顔を青くさせながら一誠を見た。 「アシュレイ!俺別にヤリ捨てられたとか思っていないから!そもそも、あの時はワンナイトのつもりだったし!」 「……ヤリ捨ててない。現に俺はあの一晩だけで終わらせるつもりもなかった」 「世界の隔たりはそう簡単に超えられるものなのか?俺だって、ここに来るまでにかなり儀式に準備をかけたのに」  すると、一誠の疑問へアシュレイの代わりに答えるようにヴォルフが口を挟んだ。 「境界を超えられるのは、俺たち大公爵クラスの魔界人のみだ。それも、人間界と魔界の波長が合わないとうまくいかない」 「成る程!その境界を超えられる日が、東雲とアシュレイさんが出会った日……ハロウィンだったってわけか」

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