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第16話

「それで…冬夜は、これからどうするつもりなんだ。境界を越えようとして越えたわけではないのだろう」  アシュレイに言われて、冬夜は自分の立場がなんとも心許ないものであることに気がついた。冬夜は、ただ一誠が危ない目に合う予感のみを信じて儀式に割り込み、結果魔界へとやってきた。帰る算段なんか持っていない。 「すまん!東雲、私もまだ帰る手段を見つけていない!」 「甘崎……」  一誠を見れば、あっけらかんとそう告げられた。一誠は元々自分一人で儀式を行うつもりだったし、儀式の結果は全て自分が被るものだと考えていた。流石にマッドサイエンティストとは言えども、彼にも普通の友情というのは存在する。友人を巻き込んでしまったことに、心からの反省を抱いていた。 「アシュレイさん。私のことは別に放っておいても構わないですが、東雲のことは、貴方が守ってくれませんか。彼は、私が巻き込んでしまっただけなんで」  一誠の目には、真剣な訴えの色が浮かんでいた。  アシュレイは、むっと顔を顰める。 「当然だ。やっと再会できたんだ。やめろと言われても、冬夜は俺の城に連れて行く」 「ええ!?」  アシュレイのお家(?)に行くと聞いて、冬夜の目は期待に潤んだ。好きな人の家だ。こんな状況でありながら、すでに楽しみになっていた。  アシュレイは、そんな冬夜の反応を見て、可愛いと身悶えたくなる衝動に駆られる。 「だが、甘崎一誠とやら。お前は別の意味で野放しにはできない。だから、ヴォルフ。この男の身柄はお前がしっかりと預かっておけ」 「はあ!俺ェ!?やだよ、こんな初対面でいきなり人の耳と尻尾触ってこようとした変態!」 「相手は人間だ。殺さなくてもお前なら力でどうとでも抑え込めるだろう」 「それは、まあ、そうだが」  ヴォルフは、チラリと一誠の顔に視線を移す。すると、一誠はその怜悧な美貌で柔らかく微笑み返し、ヴォルフを動揺させた。性格は残念であるが、美貌だけならアシュレイにも匹敵するレベルなのだ。 「よろしくお願いするよ、ヴォルフさん?」 「うげ〜……」  ヴォルフは盛大に顔をしかめ、押しつけられた貧乏くじに早くも辟易しだした。  その場での話がそのようにまとまった瞬間、アシュレイは冬夜を横に抱き上げて、。 「うわああ!?」 「わあ!!」  冬夜の悲鳴と、一誠の感心するような驚きの声が重なった。  冬夜は突然遥か下に行ってしまった一誠とヴォルフの姿を見て、咄嗟にアシュレイの方にすがりつく。 「アシュレイ!?」 「……正直、もう我慢の限界なんだ。冬夜。早く二人きりになりたい」 「……!」  アシュレイの顔を見つめる。整った顔の後ろ、背中の方に、大きな黒い蝙蝠の羽のようなものが見えた。これが、魔界の大公爵の真の姿。妖艶で、見る者全てを屈服させるような圧倒的な姿。  冬夜は、心が歓喜に震えると共に……あまりにも自分と釣り合わない存在を愛してしまったことに、チクリと小さな痛みを感じた。

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