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第19話 もう一人の大公爵
「はあ……書庫に連れてったらやっと大人しくなったぜ…」
魔界に迷い込んだ二人の人間、東雲冬夜と甘崎一誠のうち、冬夜はアシュレイが愛した人間だった。一夜を過ごした後も二人の想いは途絶えておらず、ここ魔界で再会によってその愛は再び激しく燃え上がった。辛抱堪らない様子でアシュレイが冬夜をヴァンパイア族の城へ連れ去っていき、残されたヴォルフはもう一人の人間、甘崎一誠の保護を押しつけられた。
初対面で人の耳や尻尾に触ろうとしてきた人間だ。その時点で良い印象はないのに、さらにこの一誠という男は魔界のあらゆる事物へ激しい関心を抱き、幼子のようにヴォルフに質問を繰り返した。
あまりのしつこさに、ヴォルフは魔界のことが知りたければ書庫の本でも読んでろ!とウェアウルフ城の書庫へ放り出して、やっと静けさを取り戻したところだった。
ヴォルフの眷属であるズールは、不安そうな顔でヴォルフを見上げた。
「でも……良かったんですか。魔界の書物は、人間にとって毒そのもの…恐らくあの人間、今夜には正気を失い廃人となってしまうでしょう」
「魔界の人間保護法に引っかかるってか?直接手を下したわけじゃないし、大丈夫だろ」
魔界の知識は見るものの魂を汚し、その器である肉体も最終的には侵す。ただの人間がそれを見れば、一晩で正気を失い狂気に陥る。
魔界の知識に触れて耐えられるのは、魔にも決して侵されない清らかな魂の持ち主か、それとも最初から狂気に染まった悪魔のような魂の持ち主くらいだ。
「狂い死にでもしたら、あの人間、その日のメインディッシュにでもしてえな。見目は最高だし、肉質も良さそうだ」
「…人間の世界に行っても、何故あなたが禁忌を侵さずに帰ってこられるのか不思議でなりませんね」
ズールは呆れながら蒸らし終わった紅茶をヴォルフの目の前のカップに注いだ。
紅茶を一口飲むと、ヴォルフはヴァンパイア城に想いを寄せた。
今頃友人は、あの人間とよろしくやっているのだろうなと考えながら、ふっと笑った。
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