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第22話 吸血鬼に愛されるということ
____魔界の住人が、人間界に行くのはただの観光・娯楽以外の意味を持つ。
魔界のそれぞれの種族の王とも言える大公爵が自ら、自分の臣民が人間界で密かに悪さをしていないか調査しにいくという名目がある。
人間界の文明が、魔術を忘れ科学へと傾倒していくにつれて、それは徐々に形骸化していき、今では本当にただの娯楽だ。魔界の住人は、人間界に行く時何かしらの証を残して行きたがる。記念のようなものだ。現地人の人生を狂わせるような悪さは、基本的にはしない。
……そう、アシュレイは少なくとも魔界の大公爵の中では群を抜いて真面目で、そういった浮ついた行為は今まで行った試しがなかった。
だが、よりにもよって出逢ってしまったのだ。
東雲冬夜という運命の人に。
「盗撮は、良くないと思いますよ」
アシュレイの類稀なる美しさに引き寄せられた人間が、不躾にもカメラのレンズを彼に向けて勝手に姿を写し撮ろうとしたのを、咄嗟に助けてくれたのが冬夜だった。
その時、冬夜はアシュレイとも、カメラを向けてきた女性とも全くの面識のない、赤の他人の状態だった。多少の悪さというものは、面倒事に関わることへの忌避から避けがちである。知らない人間の加害行為などそれこそ見逃すのが普通だ。それが人間の特徴だと思っていた。ましてや、そこら中で魔界の住人の仮装をした人間たちが記念撮影を行っている空気の中、当然のように冬夜は盗撮を阻止してきた。
女の掴まれた腕はアシュレイから外れ、虚空に向かってシャッターを切る音を響かせた。
アシュレイにとって、それは忘れられない恋に落ちた音となった。
それから、流れで会話を楽しみ、部屋へと連れ込んで……そして、思い出作りと称して体を重ね合わせた。
多少、魅了の魔術を弱くかけていたことを差し引いても、冬夜もアシュレイに好意を抱いているようだった。だから抱くことができた。
抱いている最中、興奮が高まる中、ヴァンパイアの本能で牙がうずき、絶頂の瞬間に首筋を突き立てた。
____ヴァンパイアの吸血行為には、食事だけじゃない特殊な意味がある。
直接牙を突き立てられた対象は、『血の呪い』にかかり、他の魔界の住人たちへ「この者は誰のものである」か知らしめるマーカーが刻み付けられることなる。血の呪いにかかった人間は、呪いをかけた者以外を寄せ付けなくなる。
つまり、そのヴァンパイアの所有物となるのだ。
所有物となった人間は、所有者であるヴァンパイアを一途に愛するようになる。
「アシュレイ……俺、嬉しいよ。好きな奴と、こうして抱き合って寝るのがこんなに幸せなんて初めて知った……」
一つのベッドに二人で寝転がりながら、ふと冬夜がアシュレイの首筋に額を擦り付けてそう呟いた。アシュレイは慈しむように髪を撫でると、冬夜がはあ、と心地よさそうに息をついた。お互いにリラックスした状態の中で、アシュレイはどこか胸の奥が切なくなる心地がした。
冬夜が愛だと思っている感情が、アシュレイの血の呪いによるものだと、アシュレイは知っている。冬夜を騙している感覚。だけど、こうして寄り添いあって眠ることの幸せを、小さな罪悪感程度で手放したくなかった。
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