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第23話 もう一人の大公爵③

「……今頃、東雲と、あのアシュレイさんという人は何をしているんだろうね」 「なんだ、気になるのか」 「離れ離れになった友人の安否を心配する心くらい、私にもあるよ」  ヴォルフは今頃二人が何をしているか、と問われて即座に桃色の予想が頭を過った。人間界においては、現場に乗り込むことはなかったものの、事を済ませた直後のアシュレイと冬夜を部屋で見たし、数時間前には盛大な愛の告白劇とキスシーンまで目の当たりにした。二人は盛り上がった気分のまま、お互いを貪り合っているはず。  一誠だって、数時間前のその様子を目にしたはずだ。それとも、知っててそう尋ねたのか。やはり、この一誠という男はアシュレイの所有物へ恋慕の情なりを抱いているのかとヴォルフは疑った。  すると、その疑いを見抜いたかのように、一誠は言葉を続けた。 「なんだか私と東雲の仲を邪推しているようだね。一応言っておくけど、関係性はただの友人だ。僕自身、友情以外の感情を東雲に向けたことはない。あの、アシュレイさんとの関係も、上手くいけばいいと心の底から願っているよ」 「……それにしては、さっきからずっと、表情がやたら冷たいが?」  ヴォルフがそう指摘すると、一誠の顔から愛想のいい笑みすら消え、冷酷にも見える美貌の真顔がヴォルフに向けられる。ヴォルフは一瞬その迫力に肝が冷えるような心地になった。  一誠は凍りつくような表情を浮かべながら、一言呟いた。 「血の呪い……ヴァンパイアの吸血行為が持つ、食事以外の特殊な効果。ヴァンパイアが吸血を行った者はそのヴァンパイアの所有物となり、所有者を一心に愛するようになる」  ヴァンパイアの種族特性を何故一誠が、とヴォルフが一瞬驚いたあと彼が魔界の百科事典を読んでいたのを思い出して納得した。人間じゃ正気を保てないだろうと、安易に魔界の情報に触れさせたのは軽率だった。 「君のその反応……東雲がその血の呪いとやらにかかっているのは、事実か」 「お前……!お前は、魔界のことを知り過ぎた!」 「何を焦っているんだい?私を書庫に案内してくれたのは他ならぬ君じゃないか。私が魔界の知識を身につけても、別に問題ないと考えたわけではないのかい?」 「狂い死ぬと思ったんだ!魔界の情報は、人間には見聞きするだけで毒!書庫に放り込めば、夕方まで持たないはずだった!」 「明確な害意あって、書庫に案内したのかい?まあ、どうやらこの魔界には、人間を傷つけることを禁ずる法があるみたいだし、私が自主的に狂った末に死んだという形なら、確かに抵触しないが……君は、ウェアウルフの大公爵という地位を戴きながら、少々浅慮なところがあるようだね」  侮辱の言葉に、ヴォルフの体内の魔力が沸騰し、その姿を獣耳の人の姿から、完全なる獣頭の怪物へと変化させる。 「私に余計なことをさせたくなければ、その姿になって私を脅すなりする方が確実だった。こちらは、非力なただの人間だったのだからね」 「今からてめえを押さえ込んでもいいんだぞ……?ただし、知り過ぎたてめえはここで俺に飼い殺しにされて、人間界に戻れなくなるがな!」  そう叫ぶと、ヴォルフは一誠の体を押し倒さんと飛びかかった。  一誠は咄嗟にテーブルを倒して、飛びかかってきたヴォルフの体から逃れる。ガシャシャン!とテーブルの上に乗っていた花瓶やら、燭台やらがカーペットに落ちて激しい音を立てる。すぐに一誠はテーブルの下から抜け出して、体勢を立て直したヴォルフに背中から再び飛びかかられないようにした。 「避けんなよ」 「それは本当に法に抵触しない程度の力加減なのかい!?」 「法……ああ、そういやそんなのあったな……てめえを捕まえて飼い殺しに……殺して、しまえばいいんだっけか」 「……!理性が飛んでいるのか」  うつろに、金色に輝く瞳が一誠を捕捉する。一誠は、少々言葉で煽り過ぎたと、自らもまた浅慮であったと反省した。  一誠はズボンのポケットの中から、食事の際にこっそり忍ばせていた銀食器を手に持った。   「できればもう少し実験と検証を繰り返しておきたかったけど……」  ぷつり、と銀のナイフの刃に指の腹を当てると、一誠の血液が銀色の表面を滑って行った。

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