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第24話 屈辱①

 慎重に相手の筋肉の動きを見極めれば、どのタイミングでヴォルフが飛びかかってくるのかある程度見極められる。しかし、一誠の思考リソースは焦りと生命の危機で侵食され、この見極めも1、2回が限度となる。  一回。一誠は肩に傷を負わせられながら致命傷を避けて、部屋の隅の方へと移動する。背後にはかなりの面積を誇る巨大なベッドがある。この巨大な大公爵の全身だけでなく、他にも5、6人の人型生物が寝転がってもスペースに余裕があるほどの大寝台だ。  このベッドを背に、一誠は銀のナイフを抱えてヴォルフに相対する。  二回。飛びかかってきたヴォルフは巨大なベッドの上に乗り上げた。一誠は、ベッドの上の枕元の方へ、ナイフを持った手を背中の方に回しながら移動した。  すっかり追い詰められた一誠を、怪物の膂力を持ってヴォルフは押し倒した。 「はははッ……!!もう逃げられねえぞ腐れ魔術師……!!」 「ぅぐっ!」  巨大な手で肩を思いっきり寝台に押しつけられる。いくら寝台に弾力があると行っても、強く圧迫されれば呼吸も詰まる。内臓が潰されそうな苦痛に耐えながら、一誠はなんとか背中の下にある腕を上げた。  そして、一誠の血が付いたナイフを、ヴォルフの左目に深々と突き刺した。  ずぷッという音と共に、ポタポタポタッと一誠の顔に熱く黒黒とした血液がかかった。   「ぐあああああッ!!?」  ヴォルフは突如左目が真っ赤に染まったあと、視界が暗転したのに強烈なパニックを起こした。目を潰されたというショック、これを抜かなくてはならないという焦りからベッドの上をのたうち周り始める。  やがて、なのに、以上なほどに全身が熱く、力が物凄い勢いで抜けていくのに気がついた。  ヴォルフは混乱しながら、一誠に叫ぶように問うた。 「てめぇえ……!!こ、このナイフにぃッ、何、仕込みやがったッ!?」 「魔界において、狂気に染まらない魂を維持するための願掛け……魔界の性質と、人間界の性質はどうやら反作用の性質を持っているみたいだから、魔界の性質の塊のような君にそれを打ち込んだら、きっと強すぎる君自身の力によって、願掛けの効力が増すと推測したのだけど……今回の実験は、思ったような結果が得られたようだね」  狼の頭になっていたヴォルフの変化は、徐々に泥が落ちるように溶けていき、先ほどまでヴォルフが見せていた獣耳と獣尻尾の獣人姿に戻った。しかし、目にナイフは刺さったままで、絶え間なく彼の体の中の魔力は銀の持つ願掛けの効力によって打ち消され続けている。  一誠は、万が一にも自分の命を奪えないくらいまで弱体化させようと、目のナイフを取ろうとする腕をそっと押さえ込んだ。 「お前……!おまええ!!はなせっはなせぇッ!!」 「私も、この魔界ではふとした言葉が命取りになると気付いたばかりだから、すまないね。そして、もうここまで君の尊厳を傷つけた私は、絶対に君から許されない」 「あ、たりめえだろォ……!!おれ、が、力を取り戻したら、法律なんて関係なく!てめえをズタズタに引き裂いてやるッ!」 「うん。そうなるだろうね。私の状況は詰んでいる。だけど……折角面白そうな発見に満ちた魔界を見つけ出して…………まだむざむざ命は落としたくないんだよね」  一誠は、弱ったヴォルフの体を仰向けにして寝台の上に縫い付けるように覆いかぶさる。 「!?」  ヴォルフは驚き目を見張ると、半分欠けた視界に冷酷な微笑みを浮かべる一誠の姿が見えた。

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