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第29話 夜明けのバスルーム
冬夜は昨晩の汗を流すために、シャワーか何か浴びたいとアシュレイに頼んだ。
「部屋にはバスルームもついている。よかったらそこを使うといい」
そうアシュレイに言われて風呂場を訪れたのだが、そこで冬夜は呆然とした。
「広っ!高級ホテルか何かか?」
そこは、冬夜がバスルームと聞いてイメージする光景とはかけ離れた煌びやかな空間が広がっていた。
バスルームというより、大浴場と形容するのがこの場合は正しいか。プールのように広い浴槽と、2階分はありそうな高い天井。壁の一部は窓になっており、外の景色が見渡せた。朝だから映るのは魔界の住居だが、夜になれば生活の光によって見事な夜景が現れるのが分かる。
ジャグジーなんかもあり、個人が持つにはあまりにも贅沢すぎるバスルームだった。
バスルームはなにやら爽やかな香りに満ちている。
香りは、浴槽から立ち上っていた。
「これ、ハーブの入浴剤か?」
「茉莉花だ。私たちヴァンパイアは、水に弱く、花やハーブで中和しないと飲むのはともかく、全身で浸かると言うことが難しいんだ」
「アシュレイ」
後ろから冬夜と同様にバスルームに入ってきていたアシュレイがそう付け加えた。
明るいところで見るアシュレイの身体は、まるで美術館の彫刻のように完璧な美しさだった。肌は冬夜よりも白く、透き通っており輝くような姿だ。
眼福。そうとしか言いようがない。
しかし、同性の裸体にそのような感想を抱くようになるとは、自分はすっかりアシュレイに惚れてしまっているのだと冬夜は照れ臭く思った。
「いい香りで、浸かったら気持ち良そうだ……」
「存分に入るといい」
「ああ。でも、まず身体を洗ってからだな」
そう言いながら冬夜は壁の方にあるシャワーブースに入る。レバーを引くと、ほんのり薄く色のついた湯が出てきて驚いた。
「わっ!シャワーの色が!」
「そういったものにも薄くハーブが配合されている。ヴァンパイアの国の水回りはみんなそうだ」
「ヴァンパイアって、本当に、流水に弱いのか……」
立ち上る湯気からハーブの香りが薄く漂っている。匂いはきつすぎない為、丁度よくリラックスできる。気分よく身体を清めると、待ちに待った巨大浴槽へと向かった。
お湯の温度は少し熱めだったが、全身を柔らかく溶かすように温度が体の奥まで浸透する。気持ちの良い風呂だ。
隣にはアシュレイも浸かっている。友人や他人と一緒に入るにしては、近い距離だ。肩がつきそうなくらい近くにアシュレイの肌があって、冬夜はリラックスしながらも僅かな緊張を覚えた。
気を紛らわすように冬夜が話をする。
「茉莉花っていうんだっけ。良い匂いだな……」
「気に入ってくれて嬉しい。実は、これは人間界で手に入れたオイルを使っているんだ」
「え?そうだったのか。あのハロウィンの時に買ったのか?」
「いや……実は、魔界の大公爵は定期的に人間界に赴いているんだ。一応、仕事としてな。その時、俺はこういう物を買って帰るんだ」
「へえ……」
取り留めのない会話が、冬夜の心を落ち着かせた。
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