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第31話 バン・ルージュ城①

「これからここで過ごすことになるのだから、家臣たちに冬夜の紹介を済ませておこうか」 「アシュレイの家臣って、あのヒューズっていう蝙蝠のことか」 「ああ、事故で境界超えをしたと言われていてな、ずっと行方不明だったんだが……まさか、冬夜と一緒に帰ってくるとは……」  哀れなことにも、甘崎一誠に捕まり全身を観察されまくった喋る蝙蝠だ。一誠のオカルト的な儀式により呼び寄せられたのだろう。一誠を不審に思い、この魔界へとやってくるきっかけとなった人?でもあった。 「そっか、こっちの時間の方がゆっくりということは、随分長い間行方不明になってたということだよな」 「ああ。次の前回の境界越え……人間界のハロウィンの後に突然いなくなった。だから、三年後の渡航の際に行方を捜す予定だった」 「帰ってこれて良かったな。といっても、人間界に来る羽目になったのは一誠のせいなんだけどな……」 「冬夜が責任を感じる必要はない」  俺の友人がすみません、とばかりに肩を落とす冬夜。  アシュレイは人を食った笑みを浮かべる美男子の顔を思い浮かべて苦い顔をした。  空から城の塔の中へと入り、そのままアシュレイと過ごした冬夜は、初めて城の中を歩くことになった。  どこも物語の中の風景のような内装だ。廊下の右側は一定間隔で鮮やかな薔薇が活けられた花瓶が置かれており、左側はガラス窓からふんだんに自然光が注いでいる。  そこで、冬夜はヴァンパイアなのに日の光を浴びても平気なのかと疑問に思った。  それを口にすると、アシュレイからは意外な答えが返ってきた。 「確かにあまり光に強い体質ではないが、害があるのは人間界の太陽光だけだ。魔界の光は、太陽じゃないんだ」 「そうなのか……」  明るいところで見るアシュレイはやはり綺麗だ。サラサラの金髪は、光の加減によって時折赤く色づき神秘的なグラデーションを描く。蝋燭のように白い肌は、眩しいくらいだ。  暫く歩いていると、初めて城の中でアシュレイ以外の人物と遭遇した。  燕尾服を着た、アシュレイと同じく金髪赤目の壮年男性だった。 「おはようございます。旦那様」 「おはよう。昨日は帰りの挨拶もせずにすまなかったな。あ、紹介が遅れた。こちら、東雲冬夜。人間界で会った俺の……愛しい人だ」  そんな紹介をされたので、冬夜は思わず顔が真っ赤になった。恐る恐る男性の顔を見るが、彼は冬夜とは対照的に顔色一つ変えずにその言葉を受け止めていた。 「冬夜様ですね。昨日はきちんとしたおもてなしができませんでしたが、魔界で困ったことがあれば、なんなりと私に申し付けください」 「あ、はい。ありがとうございます!」  主人が突然見ず知らずの地味な男を連れ帰って、おまけに愛しい人などと紹介されたのに随分と平然とした反応だと冬夜はどこか釈然としない気持ちになる。ここで冬夜は、魔界の価値観は元の世界のものと多少異なっているのだと考えた。 「申し遅れました。私はこのバン・ルージュ城の家令ジュリオと申します」  丁寧な物腰は非常に好印象を抱かせる。しかし、口を開いた瞬間に目を引く牙がのぞいたので冬夜は内心で戦慄していた。  

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