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第33話 ピンクゴールドの薔薇

 二人が自らの用意した衣服に身を包み、仲睦まじく会話する様子をバン・ルージュ城家令ジュリオは平静を装いながら眺めた。 (旦那様……まさか本気でこの人間を愛しておられるのですか)  彼が抱いていた感情は、疑念だった。東雲冬夜という人間の胸に添えられたピンクゴールドの薔薇……あれは、アシュレイの魔力によって生み出された花だ。冬夜には感じないだろうが、薔薇からは強力なアシュレイの気配というものが滲み出ている。自らの気配を相手に纏わせる、その行為が意味するのは周囲への顕示である。  この人間は吸血鬼の大公爵アシュレイのものであると周囲に示す薔薇だ。すでに、見たところ冬夜はアシュレイによって『血の呪い』を受けている。それだけでも他者にアシュレイの存在をアピールして牽制することになるのに、はっきりと目に見える形でも示そうとしている。  その光景に、ジュリオは主人が人間に抱く強い執着心を見た。 「ジュリオ」  そんな風に考えながら二人を眺めていることに気づかない主は、信頼する家令に声をかける。 「中庭を案内してやりたいんだ。東屋にお茶とお菓子を用意しておいてくれるか」 「はい、かしこまりました」  家令は主人に対して私情を口にしない。だからずっと内に秘めるだけだ。  主人の抱くのは永遠に結ばれることは叶わない愛だ。  いずれ別れが来る。そしてその後も長い時を生き続ける主は、いずれこの人間のことを忘れる時がくる。刹那の遊びに、目くじらを立てる道理はない。  ジュリオは愛想のいい笑みを冬夜に向けた。すると彼は気まずげな笑みを浮かべて、ジュリオから視線をそらした。 (この人間は聡い。自分が旦那様と全く釣り合っていないのを、よく自覚しているのでしょう。しかしだからといって、血の呪いによる恋心が旦那様を離すという選択を取らせないのでしょうが)  ジュリオが用意した衣装に身を包む冬夜は、確かに美しいといっても差し支えない仕上がりだが、それでもアシュレイが隣に立ては途端に霞む。二人が対等な恋人同士だと見る他人は恐らくいないだろう。ジュリオですらそう思っているのだから。 「……今日の中庭は銀の薔薇がよく咲いております。心地よい散歩が楽しめるでしょう」 「ああ、冬夜。銀の薔薇は我が城の庭園の自慢なんだ。よく見て行ってくれ」 「楽しみだよ」

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