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第35話 不穏な視線 ※
主人の言いつけ通り、東屋に備え付けられたテーブルにティーセットとお菓子を並べながら、ジュリオは薔薇園にいるであろうアシュレイと冬夜に思いを馳せた。
カップに入れられたお茶はすでに若干冷めかかっており、随分と夢中で薔薇の『鑑賞』にいそしんでいる様子、と呆れた溜息をついた。
「旦那様も変わった趣味をしておられる……銀の薔薇といい、あの人間といい」
すると東屋の背後にある庭園の方から、一人の男が歩いてきた。この庭園の手入れを一任されている庭師の男である。庭師の男は、しどろもどろな様子でジュリオの名前を呼びながら何事か言おうとしていた。
「じゅ、ジュリオ、あの、アッチの方で旦那様となんか知らない人間の男が……」
「見ぬふりをしておきなさい。どうせ互いに夢中で、貴方には気付いていないでしょう」
「うひゃ~まさか俺の手入れした庭園があ、あんな逢引きの現場に使われるなんて……」
初心な庭師は顔を真っ赤にしながら目撃した光景を思い出して見悶えしている。ジュリオは、まだ二人は返ってこないだろうなと考え、少し時間をおいて後で別に茶とお菓子を用意することを決め、テーブルに座って自分が用意したお茶とお菓子を口にし始めたのだった。
「あんっ、あっああっ!も、もう、おなか一杯だって、あしゅれぃ~~!」
「ごめん、冬夜、どうしても、止まらなくて……!」
お互いに綺麗に着飾った服を乱して、もうずっと繋がったまま何度目かの絶頂を迎えると、流石の冬夜も頭がぐちゃぐちゃになって、泣きじゃくるこどものようなことを口走ってしまう。
だが、胸の中は幸福感でいっぱいだった。こんなに情けない姿を見せても、アシュレイはずっと興奮してくれている、愛しいと言ってくれる。本当に自分を愛してくれるんだ、という受容の実感が、得も言われぬ歓びを感じさせてくれていた。
それを思うと、アシュレイを本気では止められず、冬夜もまた、彼を受け入れるしかなかったのだった。
アシュレイの真っ赤な顔の後ろに、空が見えた。人間の世界では見られないような、変わった色合いの空。明けの空みたいな薄い紫色と青のグラデーション。その中天には、『太陽ではない』らしい丸い陽の光が天球全体を照らしている。
ほんの一瞬だけだった。アシュレイの顔から視線が外れ、その明るく輝く陽をぼんやりと眺めると、ぞわっ、と、何やら『誰かと目が合った』ような気がした。
「あ、しゅれいっ」
「……どうした?」
名状しがたい恐怖を感じて、アシュレイにしがみつくと、彼は心配するように冬夜の顔を覗き込んだ。
しかし冬夜は、まさか陽の光を見ていたら、突然怖くなったとは言えなくて、誤魔化すように微笑んだ。
「な、なんでもない……」
冬夜は陽の光を見ないように、体勢を変えて、アシュレイを再び求め始めた。アシュレイはそれに答えるように、愛の交接を再開した。
しかし、冬夜はそれでも暫くの間、第三者にじっと観察されているような気がしてならなかった。
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