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第39話 混乱のルプス・レクス城③
いきなり友人が魔法を使うようになって、さらには怒り狂った魔界の狼たちに追いかけられて何処ぞへと姿を消してから、アシュレイと冬夜は一先ずこのウェアウルフ大公爵の城、ルプス・レクス城の中へと入っていった。
そこで、昨日も会ったはずのアシュレイの友人である狼男ヴォルフと再会したのだが。
「なんか、昨日とは随分と雰囲気が変わったような……」
冬夜がそう呟きながら視線を向けた先には、恥ずかしそうに縮こまってソファに座るヴォルフが居る。だが、その恰好はやや妙だった。昨日は、いかにもワイルドなヤンキー風に、革のジャケットを素肌の上に身に着けた粗野な印象だった。だが、今日は身体をすっぽりと覆い隠す長いジャケットを着て、居心地悪そうに座っている。随分と印象が大人しくなって、昨日とはまるで別人のようだ。
怠そうにしているヴォルフを正面から見据えながら、アシュレイが疑問の言葉をぶつけた。
「知らせを聞いた。お前、あの人間に敗北したというのは本当なのか?」
「……どうせ知れ渡ってるから正直に言う。そうだ」
「征服契約を結ばされたというのも?」
「そうだ」
投げやりな様子でそう答えると、おもむろにヴォルフは自分の着ている服の裾をまくり上げて、逞しい腹を二人に見せてきた。
「な、なんだこれ」
「契約の証だ。ウェアウルフ族は序列を非常に重視する。誰の上に誰がいるのか目に見える形で明確に示すのがこの征服紋だ」
「これを付けたのが甘崎ってことなのか」
「そうだ!アイツ……!俺に殺されないようにって、嫌がる俺に、無理矢理……」
「殺されないように?」
アシュレイの目が細められ、咎めるような冷たい声の響きでヴォルフの発言を復唱する。
「お前……保護するべき人間に危害を加えようとしたのか?魔界の掟に反することだってお前も知っていただろう」
「あーあー知ってたよ。知ってたけど、アイツの言葉にムカついて、つい頭に血が上って……」
「どうせ理性を失って襲い掛かったんだろう。それを返り討ちにしてしまうとは、想像以上にあの人間……侮れないな……」
アシュレイとヴォルフの会話を聞いているだけで、冬夜は頭が痛くなるような心地になった。
「敗北したのはつまり、お前の自業自得ということか。情けない。それでも大公爵か」
「うぐっ……!」
「あの人間、あれは間違いなくソロモン王以来の魔術師になりえる逸材だ。あまり魔界の知恵をつけられると危険極まりない」
「な、なあ、もしかして、甘崎のこと、報復にこ、殺したり、するんじゃないよな」
友人についての話に物騒な気配が漂い始めて、思わず冬夜は心配の言葉を口にした。
「あ、あんな奴だけど、大事な友達なんだ。あいつの事なら、俺がなんとか大人しくするよう説得するから……」
「冬夜。大丈夫だ。別に危害を加えようっていう話をしているわけじゃない」
「はあ!?アイツが魔界の脅威になる前に殺すって話をこれからするんじゃねえのか!?」
「ヴォルフ、お前があの男を手にかけようとして逆に返り討ちにされたのだから、分かるだろう?あの手の男は追い詰められて真価を発揮させる典型だ。生き残ろうと言う覚悟を決めた、知恵の回る人間が最も危険だ」
アシュレイの言葉に覚えがありすぎるヴォルフは、捲し立てられた言葉を聞いて黙り込んだ。
「その、大丈夫だ。あいつも、ちょっと好奇心とか知識欲が強すぎるけど……こう、無暗に他人の心を傷つけようとは思っちゃいないんだ。無自覚にやってしまうっていうのはざらにあるけど……」
「無自覚で俺をれ、レッ……したっていうのかよあいつは!」
「甘崎を殺そうとしたんだよな? 必死の抵抗の末の結果だったならお互い様じゃないか?」
「なっ……!!」
「ふっ……言い返されてしまったな」
「お前……昨日はあんなに怯えてたって言うのに!!」
冬夜はどうもこのヴォルフという人物は、案外素直な性格の持ち主であると理解しつつあった。理解すると、恐怖は薄れる。さらには隣にアシュレイがいる。様々な要素が、冬夜の態度を徐々に堂々としたものにしていった。
「アシュレイの言う通り、あいつ、単純に、生き残ろうとしているんだと思う。あいつは生き急いではいるけど、決して死に急ぐことはしない奴だ。安全さえ保障してくれれば、みだりに秩序を乱そうとはしないはずだ」
「安全を保障って、誰が?」
「普通に考えてお前だろう。ヴォルフ」
「はああ!?なんでだよ!そこのかわいい恋人ちゃんと一緒に世話してやりゃあいいだろ!!」
アシュレイは一瞬黙りこくる。何かを考えているような遠い目をしているが、すぐに呆れたような顔をヴォルフに向ける。
「そもそもお前が保護の役目を放棄してそいつに危害を加えようとしなければ起こらなかった混乱だ。しくじったお前が責任を取らず、他の大公爵に押し付けるなんて……あいつに女にされた時に、ウェアウルフのリーダーの誇りをも失ったか?」
「てってめっ……!」
顔を紅潮さえてアシュレイに食って掛かろうとして立ち上がるも、ビクッ!と何か下半身の筋肉が強張ったように動きが止まり、やがて力が抜けたように再びソファに座り込んだ。
冬夜はその様子に何処か既視感を覚えるが、やがてその意味に気付き、かあっと思わず頬を赤く染めた。
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