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不屈のラブファイター 8

 ショーが始まってからも、高杉の顔は不機嫌丸出しだった。 そんな高杉をどうにか和ませようと、暁が話し始めた。 「…紫苑も立派になったよなぁ。俺にとってアイツは弟、ヘタすりゃ息子みたいなもんでねぇ」  高杉の機嫌を取るために話し始めたのだが、だんだん自分に酔ってきた。 「…でね、まぁ俺あっての紫苑ってゆーかぁ…」  自分だけが上機嫌になってくるりと横を向くと、高杉は前の席の初老紳士と和やかに話しているではないか。暁の話などはじめからまったく聞いていなかったのであろう。 (なんだよもー俺以外の人と話すときはあんなにアイソいいくせにさぁあ…はっ!)  にこやかに歓談する想い人の横顔に心の中で恨み言をぶつけているうちに、 暁は一つの—―まったく自分勝手な—―重大なことに気づいた。 (そ、そうか!俺の前でだけは本当の自分を曝け出してくれてるんだ!そう言えば名前で呼ぶのも定着してきたし…家にも住みついちゃったし…)  一人感動に打ち震える暁であった。 「…おい。いい加減離れろ。そして消えろ」  ショーが終わっての帰り道。あの勝手な妄想に胸震えてからというもの、暁は高杉にべったりくっついて離れないのだ。 「えーなんでー、同じとこに帰んのにっ」  ぶーたれる暁にうんざりしながら高杉は続ける。 「だいたいなんで周囲が気味悪がるほどベタつくんだ」  ああ、と当たり前のように暁が答える。 「だって…伊織さん寂しそうだったから。俺なんかでもそばにいられたらなって思って」  あっさりと返された答えに、全てを見透かされているような気がして、何だか腹が立った。 「お前に何がわかる」  ぷいと背を向けて、高杉はまた歩き出した。 ガツ、ガツ、ガツと破壊音が響き渡る。 「何してんですかっ?」  慌てて暁がキッチンの様子をうかがうと、高杉がアイスピックで氷を砕いていた。 「あー、一杯やるんですねぃ♪俺も付き合いたいなぁっ」  鬱陶しそうに無視していた高杉だったが、 「伊織さん?」  ひょこっと顔を覗きこむ暁と視線が合った瞬間、高杉の中で何かが弾けた。 「……」  俯いて何も答えない。 いつもの無視ではないような…。 暁が不審に思って高杉を見続けていると、ものすごい速さでアイスピックを持った右手を振りかぶり、暁の鼻先数ミリのところで止めた。 「わっ!!」  思わず後ずさりしたものの、高杉の様子は尚もおかしい。 アイスピックを鼻先に付きつけたままの状態で俯いている。 全身が震えているようにも見える。 「どうしたんですか?どこか具合でも…」 「―――帰ってくれ」  押し殺すような声。 ますます心配になる暁だったが、次の言葉に凍りついた。 「そしてもう二度と顔を見せないでくれ」  何も言えず、ただ視界の中の高杉を見ているしかなかった。 「…頼むから―――」  左手で右手首をつかんで無理やり腕を下ろし、やっとアイスピックが鼻先から離れ、高杉はそのままその場へ座り込んでしまった。 震えは酷くなっている。泣いているようにも取れるが、依然顔は俯いたままなのでわからない。 「—―ごめんなさい。俺、一人で最近いい感じかなとか勘違いして調子に乗って…ここまで嫌われてるなんてちっとも気づかなくて」 『嫌われてる』と自分で口にすると、その事実を認めてしまった気がしてやるせなさが増す。身を裂かれるような思いを表情に出すまいと、平静を装う暁。 「今まで迷惑かけて本当すみませんでした。—―もう来ませんから…さよなら」

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