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不屈のラブファイター 10
「社長。何のご用でしょうか」
その日は前々から社長—―つまり彼の父親—―から本社に呼ばれている日だった。
息子のかしこまった事務的な物言いに苦笑して、社長はソファを勧めた。
「今日は『店長』として呼んだのではないんだよ、伊織」
自身もリラックスしようと、煙草を一本取り出す。そしてしばらくタバコをくゆらせると、一つ大きく息を吸って話を切り出した。
「先日家に招待した取引先の娘さん、えらくお前を気に入ってな。…あそことの契約が本決まりになればウチも…」
「つまり息子を身売りに出す、と」
言いたいことは分かった、とでも言いたげに、伊織が冷たく口を挟む。
父親は困ったように弁解する。
「おいおい。人聞きの悪い言い方はよしてくれ。これは『父親』から『息子』への話だよ。お前ももういいトシだ、そろそろ身を固めることも…」
「かまいませんよ」
無表情に伊織は言った。
「それなりに表面上は相手を愛し、端から見れば文句なしの幸せな家庭だって築きましょう。ただし何度かお話していますが、僕は女性には興味ありません」
淡々と、簡単にこんなことを言ってのける我が息子を、父はしばしばそら恐ろしく思う。
「お前、まだそんな…」
父の慌てる姿をよそに、なおも伊織は続ける。
「心配しなくても後継ぎは作りますよ、適当に。そもそも異性とは『異なる性』なんです。理解できるはず無いし、しようと努力することすら無駄なことです。…いいじゃないですか、旦那がホモなら。よその女孕ませる心配も無いですし、ね?」
意味深な目で見つめて微笑む息子に父は完全にノックアウトだ。
「お話は勝手に勧めてくださって結構ですよ、息子思いのお父さん」
今度はまばゆいばかりのうそ臭い笑顔でそう言い残し、社長室を出ていった。
息子が出ていくと、どっと疲れが出た。
昔から、子供らしくない子だった。
わがままやおねだりは一切しない。
訳のわからないことを言って親を困らせたことも一度だってなかった。
…それがかえって気味が悪かった。
「あれ?店長。いつも一緒にいる方は?」
店に戻るなり店員からこう言われた。
仕事が終わって従業員出口をでても、あいつはいない。
もちろん、部屋だって一人きり。
ふと目をやると、暁がショーの日にかぶっていた帽子が転がっていた。
そのうち取りに来るだろう、と転がしたままにしておいた。
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