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不屈のラブファイター 15

 その笑顔に、暁の全てが復活した。 殴られた顔のキズも、あの日から癒されることのなかった心の傷も、結婚のショックも、そして、高杉への想いも。  やっぱり、諦めない。諦められない。  店に戻ると小百合の髪は出来上がっていて、高杉が連れて帰る。 連れ立って店を出る二人を、暁はほんの少し余裕をもって見送ることが出来た。  見送りを終え、各自の作業に戻ると、誰かが言い出した。 「あーあ、すました野郎だったなァ」 「あら、ステキな人だったじゃない」  無論、高杉についての論評である。男性と女性では印象が対照的なようだ。 「そうよ、あの若さで社長補佐なんだもん、スゴイわよね~」  男性陣も負けてはいない。 「あったり前だろ?社長の一人息子なんだからさ。どんなヤツだってなれんだよ」 「それがどうも複雑でさ…俺週刊誌で読んだんだけど」  一人のスタッフが声を潜める。  なんでも、その週刊誌によると、高杉伊織は社長がよそで拵えたいわゆる妾の子であると。そして、実の母親が伊織を出産中に死亡してしまったため、引き取られたと言う話らしい。本妻は子供を産めない体であり、なんとも皮肉な話。 「あと、『高杉』の若旦那と言えば昔変な噂があったよね」  遂に女性陣までゴシップ話に乗り出した。 「15年ぐらい前に東京で、中学生が先生刺し殺した事件あったでしょ」 「あーあー、先生が生徒犯そうとして逆に刺されちゃったってやつ?」 「そう、あれ『高杉』の息子じゃないかって噂がね…」  暁は驚きとムカつきを抑えながら、黙って作業を続けている。 「知ってるそれ!しかも犯されかけたんじゃなくてもともとそういう関係だったって聞いたけど…」 「うそー?!」 「取り合えず、正当防衛になるように『犯されかけた』ってことにしたみたいよ」 「なんかあの人、結構危険人物だったみたいでさ、他にも…」 「いい加減にしてください!」  暁は持っていた箒を床に叩きつけた。 「推測や憶測でそんなこと言わないで下さい。…それに、昔はどうであれ、今の高杉さんは立派な人格者です」  思わず勢いで大嘘をついてしまったが、ここはよしとしよう。  皆は暁が高杉の知り合いだったことを思いだし、ばつが悪そうにいそいそと持ち場に戻っていった。  さっき高杉が言ったのは、このことだったんだろうか—―? 高杉は、その先生のことを、本当に愛していたんだろうか。

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