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不屈のラブファイター 16
根本的に人を嫌う伊織に、パーティーは苦痛だった。
しかも、自分たちが主人公のパーティー、後から後から人が寄ってくるのは当たり前で。
「…高杉さん、高杉さんっ」
声に気づくと、帰路につく車中で高杉は知らぬ間に小百合に思い切り持たれかかって眠り込んでいた。
「あの…もうすぐ社につきます」
申し訳なさそうに小さくなっている小百合に、高杉は飛びのいて詫びた。
「すみません、一緒にいながら眠り込んでしまうなんて…」
「それはいいんです。それだけ私に心を許してくださっているということですよね…?それに、このところ式の日取りの打ち合わせなどでお忙しいからお疲れなんでしょう」
申し分のない女性。
控えめで、決して出すぎたマネはせず、しかし芯の通った女性。
自分なんかには勿体無い、と一瞬思ったが、小百合は自分ではない、会社に嫁ぐのだと思いなおした。
一旦社に戻り、それから一人で自宅に戻る。
「伊織さん」
くたびれて俯き加減で歩いていた高杉は、その声にはっと顔を上げた。
そこには、前のようにドアに傍らに座り込んでいる暁の姿があった。
「おかえりなさい」
「…二度と来ないんじゃなかったのか。だいたい結婚前の男の部屋に…」
ぶつぶつ口の中で文句を言う高杉の背中をバンと押し、暁は部屋に入るのを促した。
「細かいことは気にしなさんな、いおりん♪」
「式はいつなんですか」
先程の『いおりん』発言で頭にこぶをつけた暁が煙草に火をつける。
「さぁな…6月にしたいとか言ってたが」
高杉も煙草を一本取り出し、咥える。同時に暁が火を差し出す。
ふうと一息ついたところで、暁は今日一番聞きたいことを話し出した。
「伊織さん、今日店の人が話してたんですけど…昔好きだった先生のこと」
高杉の表情がにわかに凍りついた。あからさまな狼狽。
「…で?その先生がどうしたって?人の古傷抉るような真似してそんなに楽しいか?」
高杉はとうとう頭を抱えて蹲る。
暁の呼びかけにも答えず、さらに独白が続く。
「多分皆が言ったとおりだ、俺は先生を殺したよ、『人殺し』って目で見ればいいだろう。他の奴らがそうだったようにお前も掌を返したように去っていけばいい」
そこまで一気に吐き出すと、少し落ち着きを取り戻して顔を上げた。
「俺は先生を愛してた。愛してくれたから愛した。愛すると—―傷つけたくなる。殺してやりたくなる。だから俺は今まで、愛する人間を遠ざけて生きてきたんだ」
何を言っているのかさっぱり暁には理解不可能だったが、最後の言葉だけが引っかかった。
『愛する人間を遠ざけて生きてきた』
—―これって…。
「気が済んだらとっとと帰れ。本当にお前と言う奴は、一体どういう神経……」
平静を取り戻すや否や憎まれ口を叩く高杉を、暁は優しく、壊れ物を包むように抱きしめた。
「伊織さん、愛してるよ…先生失って寂しかったんでしょ、辛かったんでしょ?これからは愛する人は大事にしてくださいね」
高杉は不思議と救われるような気持ちだった。
わかったこと言うな、そう言おうと思っても、暁の腕の中から離れようとする力は湧いてこなかった。
「お幸せに!じゃっ」
ぱっと体を離し、ニコっと会釈して出て行く暁を、高杉はぼんやりと見送った。
後にも先にも、暁が再度高杉の部屋を訪れたのはその一夜きりだった。
三月経っても、現れることはなかった。帽子も渡し忘れたままだ。
そう言えば―――
ふと高杉は思った。
そう言えば俺は、あいつの名前も知らない。
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