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不屈のラブファイター 17

「どう?やっぱり妊娠したら髪は短い方がいいって言われて…」  髪が短くなった小百合が声を弾ませて近づいてきた。 挙式を4ヶ月後に控え、小百合は現在妊娠2ヶ月。義理は果たした。 「似合ってますよ」  大して小百合の方を見もせずそう言い、店員に尋ねる。 「あの、ここで働いていた白石くんて…」 「ああ白石ですか。彼は1ヶ月ほど前に辞めました」  辞めた—―? あの根性無しが。  店側も事情がわからず、急に辞められたとかで困っている様子だった。  何で辞めたんだろう、今は何をしているんだろう… 「…でね、高杉さん?」  傍らにいた小百合が覗きこむ。 そうだった、小百合と一緒に歩いていたんだった。 「—―すまない、今日は疲れてるんだ今夜はこのまま帰るよ」 「ちはー、給料明細もらいに来ました」  皮肉なことにその翌日、暁は店を訪れた。 明細を手渡しながらチーフが訊く。 「今どうしてるの?」 「結局家の店手伝ってます」 「あ、そう言えば白石くん」  スタッフの一人が、昨日のことを話す。 知り合いなのに何も話していないのか?とからかい半分に。 暁はそうですか、とだけ残し、背中にやけに哀愁を漂わせながら店を去っていった。  忘れるって、決めたのに。  あの人と愛する人の為に、潔く身を引くって決めたのに。 「何もそういうことを言ってるんじゃないよ。…小百合さんが不安がってるらしいんだ、お前の最近の態度に…。いわゆるマタニティ・ブルーとかいうやつかもしれんが」  ここは『高杉』本社社長室。 室内には男が二人。 「それでなくても向こうの家族は大事な一人娘を結婚前に身ごもらされて、胸中穏やかじゃないんだ…聞いてる?」  くどくどと続く父の小言に付き合いきれないとばかりに、明後日の方を向いて煙草の煙で遊ぶ息子。そして大きく息を吸った。 「だいたいね…30過ぎて何が大事な一人娘です、さっさと産まないと高齢出産は母子共に危険なんですよ、そういうとこ考えてるんですか」 「おい、キレるなよ…」  いきなりの息子の反撃に父はたじろいだ。 「とりあえず義理は果たしたってことですよ。勝手に不安がってればいい。僕にそこまでの責任はない」  父がふうと長い息を吐いて苦笑いする。 そして息子に正面から語りかける。 「最近やけに突っかかるじゃないか。—―好きな男でもいるのか?」  息子はそう言われてはっと我に返り、ぺこりと頭を下げた。 「…すみません、このところ忙しくて少々苛ついていたみたいで。失礼しました」  —―図星だ。 父は勝利の手応えを噛み締めていた。 そしてこんな時だけ少し、我が息子をかわいいと思う。

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